ふたりして、何こそこそ話してるのよ! 赤髪のツインテールは웰트を睨みつけ、手に持っていた物を全て投げつけた。 ……危ない、危ない! どうにか飛んできた物を全て受け止め、青年は突然のことに飛び跳ねた心臓を落ち着かせて、軽く息を吐いた―― ここは大通りなんだぞ!ぶつかって物でも壊れたらどうすんだ? それくらいあんたが弁償しなさいよ。 테슬라は当然のように言う。 ……ひどい。 ふん、フィンランド人が向こうに残って手伝ってるんだから、あんたが男としての責務を引き継ぎなさいよね。 分かるわよね? ああ、プランクがウィーンに行かなければ、こんな面倒なこと彼女に押し付けられたのに。 (……分かるかよ。男としての責務って、この大量に買い込んだもんの荷物持ちか?) (しかも、自分で「なんでもないわ先行って」とか言ってたくせに、いざ追いついてきたら買ったもん全部投げつけて来て……。) さっき言ってたことを翻訳すると――僕たちが先ほどまで何を話していたのか聞いているんだよ。 ひとりで先頭を歩いていた아인슈타인が、伸びをしながら振り返りもせずに説明する。 ……は? ……そ、そういう意味なのか? ちょっと、私そんなに捻くれてないわよ! だから、北アイルランドの歴史に詳しいアインに色々と教わっていた、そう答えればいい―― 赤髪のツインテールの不満に構わず、天パ소녀は勝手に話を続ける―― ――ケルト文明はいかにしてアングロサクソン文明に侵食されたかは説明したね。 ……スコットランド、ウェールズ、アイルランドそれぞれの区別によって―― なんだ……。 아인슈타인と웰트の「内緒話」がこの程度と聞いて、테슬라の顔はさっと明るくなった。 前に来たことあるって言ってたけど、それがアイルランドのこの辺なのね? ああ。あの時は飛行機のチケットが取れず、船でニューヨークに行くはめになってね。その途中のことだ。 船で? そうだ。初めて遠出をして……とても楽しかったぞ。行程は長かったが。 へぇ……いつくらいの話?20年くらい前? ……は? ……。 테슬라、9年を10年と言い間違えるのはまだいいとして……。 20年も前のわけないだろう……一体僕を何歳だと思ってたんだ……。 船の行程を見ると、今日はここで一日停泊するようね――それから大西洋を渡るみたい。 せっかくの陸での自由時間よ――何か一緒に遊びたいことはない? ……教授、なぜあなたの方がそう無邪気で子供っぽいのか。 そうして時間を浪費するより、僕は日当たりの良いところを探して本を読むほうがよほどいいと思うが……。 リーゼルちゃん、いつもこんなに引きこもっちゃだめよ……。 今日は一緒に遊び倒すわよ! ……ほら、城壁でも見に行きましょ! そんな細かなことまでよくはっきりと覚えてるわね。 私なんか……7、8歳の時におじいちゃんに連れてきてもらったけど、もうほとんど記憶にないわ。 まあ、いずれにせよクロアチア国内でしょ。荒れ果てたところよ。面白くもない。 いや、僕も幼い頃のことはそれほど覚えてない。この記憶が残っていたのは、ただの偶然だ。しかもほんの断片に過ぎない。 そう? だが、どこかの地域に興味を持って、その関連資料を隅の隅まで調べるのは良い。その土地独特の風物にも詳しくなれる。 ……理論物理学者の執念って、本当に恐ろしいわ。 実験物理学者たちが、何かにつけて実験で屋根に穴を開けてしまうよりいいと思うが。 ぐぬぬ! 実験物理学者たちが、何かにつけて地球を破壊したがるより健全だ。 ……ひどくなってるじゃない!

西暦1955年10月の第5週の週末、女ふたりと男ひとりの三人の若者は戯れながら、ロンドンデリーの城壁――啓蒙時代に、ヨーロッパの中で最も鉄壁の防御を誇った堅牢な城壁を登る。


この時、アイルランド人が中心となる別の都市で、人生最大の出来事に遭遇するとは、彼らはまだ思いもよらなかった。

ロンドンデリーの名称は元々デリー(Derry)だった。 当然、インドのデリー(Delhi)とはなんの関係もない、アイルランド語のDaire、つまりオーク林の意味から来ている。 のちにロンドンの商会がこの地を開拓し、都市名に「ロンドン」が付けられた。 開拓時代の人は、そういった名前の付け方が好きよね……。 ニューヨーク(NewYork)は人名からだし、ロードアイランド(RhodeIsland)みたいにヨーロッパの地名をそのまま使うことも少なくないわ。

注:

ロードアイランドはアメリカ独立初期の13州のひとつで、正式には「ロードアイランド及びプロビデンス・プランテーション州」(State of Rhode Islandand Providence Plantations)、ロードアイランドの名はギリシャのロードス島から取られている(Ρόδος)。

州都プロビデンスはブラウン大学の所在地であり、有名な小説家で、クトゥルフ神話の生みの親であるハワード・フィリップス・ラヴクラフト(Howard Phillips Lovecraft、1890~1937)の故郷。

ロンドン人が開拓した都市だからな。 横で補足する테슬라に構わず、아인슈타인はとうとうと止むことなく解説を続ける。 ……都市の立地から中心エリアの設計まで、いずれも苦心してロンドンを模している。 主な違いは……リバー・フォイルの水質がテムズ川より綺麗な点だろう。

注:

リバー・フォイル(RiverFoyle)はロンドンデリーの母なる川で、水質は澄んでいて、生物の多様性も豊富である。

ロンドンデリーはこの川から河口にかけて設計されている……設計者は苦心してロンドンとテムズ川の位置を模した。

ロンドンの城壁に似て、デリーの城壁も方形の構造に近い。これはヨーロッパの都市でも相当少ない。 もちろん、ロンドンに比べてここの城門の名前はとても適当だ。例えば我々の前にあるこの門は「シップキーゲート」(Ship quay Gate)、外洋航海の船着き場に面しているからだ。 似たようなのが、他にも「フェリーキーゲート」(Ferry quay Gate)、「ビショップスゲート」(Bishop's Gate)、「ブッチャーゲート」(Butcher's Gate)と、東西南北それぞれにある。 デリーはヨーロッパ史上数少ない建城以来不落の「メイデン・キャッスル」のひとつで、かつて1689年に105日に渡って囲まれたが、持ちこたえた。 その話って……ここがただ辺鄙な所にあったってだけなんじゃない? ツインテールは思ったことを口にする。 いや。まったく。そんなことはない。 当時、ここはブリテン本土とアメリカの植民地の要所で、多くのアイルランド人がここから新大陸に旅立っていったんだ。 ……。 そんな歴史があったのか……。 ずっとアイルランドに興味を持ってたんだな? ああ、実は全てここから始まったんだ……この特別な都市から……。 ある文化の美しさを意識した時、それを自然と求めてしまう衝動。 アイルランドは僕にとってそういう存在だ。誰かにとってのインドへの興味と似ているだろう? ……。 確かに、私はインド哲学に関する本を多く読んでるわよ。 ただし、あんたと違って、私は完全にインド文化を好きになることはできないわ。 ……? 分からない?あんな人間を四分割するカースト制度、壊れたほうがいいのよ。 ああ……僕はそういう意味で言ったわけじゃないんだが……。 まあ……だろな、테슬라もそう敏感になるな。 話を戻そう、나たちは手掛かりを探しに来たんだろ。本当にあるのか? もちろんだ。 たぶんこの先のはず……。 ここだ!
三人が1.6kmにもおよぶデリーの城壁をあてもなくふらついている途中、 突然、天パ소녀が1台の砲台の前で止まった。その口にはどこから取り出したのかも知らない懐中電灯を咥えている。 な、なんだ急に……。 そうよ、ここがどうかしたの? 웰트と테슬라は、いまだ状況をうまく飲み込めていない。 この砲台は現在24台しか残っていないんだ。 へえ……それでこの1台の一体どこが特殊なわけ? 赤髪のツインテールは肩をすくめて、意味が分からないと素振りをする。 別に特殊じゃない。 は? ただし、針が振れている。 아인슈타인はポケットからアーミーグリーンのメーターを取り出す。 これ……ガイガーカウンター?

注:

ガイガーカウンター(Geiger counter)またはガイガー・ミュラーカウンター(Geiger-Müller counter)、一種の放射線計測機、通常はアルファ線(質量の大きな粒子線)とベータ線(質量の小さな粒子線)、その他にいくらかγ線(高エネルギー電子線)及びX線の検出に使用される。

ここ放射線源なの!? いや……。 これは以前、僕がエイダに改造させた崩壊エネルギー測定器だ。 とてもモダンで素敵なデザインだろう? モダン!? どんなセンスしてんのよ……。 赤髪のツインテールは天パ소녀の好みを鼻で笑った。 ん……? そのエイダって誰? 助手よ助手。あのフィンランド人と大差ないわ。 それより、まずは隠された情報を探してみましょ。 ああ。 天パ소녀はホームズが考え込む時のように、その場で手を合わせる。 ここからが本番だ。
ここだ。 いつの間にか地面に寝そべった天パ소녀が指をさす。彼女の指の先に視線を移すと、そこには不自然な色合いのアスファルトがあった。 아인슈타인は周囲を見回し四方に人がいないのを確認すると、サッとナイフを取り出し砲身の周りを削った。 すると、そこに銀色の文字がくっきりと表れる。

「罪なき女王は両目を隠された。」


――H.A

女王?英国史の誰なのか? でも、両目を隠された女王なんていたかしら……。 う~ん、無知や愚鈍を意味してるとか……? あ、そっか……。 これ隠喩なのね。だったら「洗礼者ヨハネ」や「マリー・アントワネット」のことを指してるんじゃない?

注:

ふたりとも斬首されて死んだ人物。

洗礼者ヨハネの死は、オスカー・ワイルド(Oscar Wilde、1854~1900)の『サロメ』の最も耽美な描写で伝奇色も強い

洗礼者ヨハネ?マリー・アントワネット? うっ……ただ適当に言っただけよ、適当に。だから、気にしないで。忘れてちょうだい。 あと言っとくけど、私はオスカー・ワイルドみたいな耽美主義者じゃないからね。 はいはい……はぁ、全くわからんな。混乱してきた。 まったくだ……ん? ふたりが頭を悩ませている中、天パ소녀は何か閃いたのか手を叩いた。 『レディ・ジェーン・グレイの処刑』

注:

『レディ・ジェーン・グレイの処刑』(The Execution of Lady Jane Grey)はポール・ドラローシュ(PaulDelaroche、1797~1865)の油彩画で、英国女王のジェーン・グレイ(Lady Jane Grey、1537~1554)が16歳の時に廃位され、処刑される歴史物語を描いている。

え? あ……! そういえば、そんな絵があったわ!女王ジェーン・グレイが目を塞がれて、執行人に処刑されるところを描いた絵! どうやら、今夜は船で夜を過ごすことになりそうだ。 明日はナショナル・ギャラリーに行くぞ。
翌日。 地下鉄チャリング・クロス駅の狭い階段を一歩一歩上がり外に出ると、帝国のシンボルとも言えるトラファルガー広場が目の前に現れた。 この「太陽の沈まない国」の重要なシンボルは、冬の月曜日でも様々な旅行者で溢れている。 これがロンドンの中心か……。 高くそびえるネルソン記念柱を見上げ、웰트は観光客みたいに思わず感嘆の声を漏らした。 記念柱の横にある碑文には、1805年のトラファルガー海戦で王立海軍を率いてナポレオンの連合艦隊を破りながら、不幸にして国に殉じたイングランドの英雄――ホレーショ・ネルソン提督のために建てられたと書かれている。 さらに読み進めると、彼の智謀は人を凌ぎ、勇敢に軍を率い、大西洋、ナイル、コペンハーゲン、トラファルガーを戦い抜きイングランドを連戦連勝に導くも、右目、右腕を失い、命をも差し出した、とある。 英国人の全てが狡猾な外交官なわけではない。彼らの中には勤勉で、さらに命を懸けて使命にあたる人もいる。ただ帝国の栄光が眩しすぎて、この国のため功績を上げた人が埋もれてしまっているだけだ。 「England expects every man to do his duty」

注:

「英国は各員がその義務を尽くすことを期待する」(England expects that every man will do his duty)はイギリス海軍中将ネルソンがトラファルガー海戦(1805年)の開始直前に旗艦「H.M.S.ヴィクトリー」から発した旗信号である。

参考にした回顧録に誤りがあり、ネルソン記念柱には誤った句の「England expects every man to do his duty」が刻まれている。

これを見た웰트はプランクとの飛行機での会話を思い出し、心の中で改めて決意を固めた。 ん?あれ、ふたりがいない? 美術館は北だ。 아인슈타인は、웰트の袖をくいっと引っぱる。 迷子になるなよ。君のリュックには我々にとって、とても重要な物が入ってるんだからな。 ふん。 どうやら早くも不機嫌な테슬라が、この機に乗じて追い打ちをかけようとしている。 はぁ~あ、これだから世間知らずは困るのよ。 ペットのペンギンだって海鮮市場へ魚を買いに行けるほどの知能を持ってるのに……こいつじゃ、まず間違いなく迷子になるわね。

注:

現実にペンギンは確実にこのような行為を学習する。日本の鹿児島県志布志市のペンギン「ララ」が参考になる。

おい……。

ナショナル・ギャラリーの入り口は南に面している。入り口を支えるコリント式の柱は、いささか風化し黒ずみ、道を挟んだ先にあるトラファルガー広場を望む。かのペルセポリスの謁見の間を彷彿させる造形は、寡黙に大英帝国の古き栄光を語っているかのようだ。

重厚な歴史が生命の泥砂を含み、無機質な建築の中に沈む。独特な圧迫感はロンドンの陰鬱な天気をさらに滲ませ、人々に「国家」や「組織」の名のもとに振るわれる暴力が、いかに強大かを折に触れ見せつける。

その暴力組織の者たちと渡り合うには、スパルタカスの蛮勇、ロベスピエールの残酷さ、ベンジャミン・フランクリンの叡智、ウラジーミル・レーニンの意志、これらの気質なくして事を成し遂げることができただろうか?

ちょっと!元気出しなさいよ!大英博物館ほどじゃないけど、ここだって十分見る価値あるのよ! 웰트の沈んだ様子に、테슬라が力いっぱい肩を叩く。 테슬라が妙なことを言ったからね。 一番前を歩いていた아인슈타인は、いささか不満げに返す。 ……どこがよ!本当のことでしょ。 感情とは、興奮と抑圧の複合体だ。 自分で別の場所へと誘導しておいて、どうしてこっちにいないことを責める。 ……わけの分からない哲学の講義は十分よ。 もう、ちっとも可愛げがないんだから。 ……웰트はどう思う? 興奮と抑圧、どちらが人間の本質なのか……「人類の理」としてどっちが主流かな? あるいは……美的観点から見たら、どちらがより「可愛い」ものだろう? ……? いまだ気持ちの晴れない青年は、天パ소녀の質問がまるで耳に入っていなかった。 え、いや……나はもちろん……。 女の子は、どんなでも可愛いと思う! そう。女の子は正義だ!! ……。 なぜか、赤髪のツインテールの顔が瞬時に赤くなった。 そうか……。 天パ소녀本人は、この的外れな答えを意に介さず、言葉を続ける。 웰트には「人の美」について、その見解を聞きたかったのだが、今のも彼なりの回答ということにしておこう。 ……ああー、えっと。 ダメな男だ。
彼女は力を入れて、웰트にデコピンをした。 まこと皆さんのような研究者が破損した絵に関心をお持ちとは、思いもしませんでした。 ナショナル・ギャラリーの裏庭にある長い回廊で、管理人が歩きながら言う。 この腹の出た、僅かにてっぺんの禿げた太めの中年の手には鍵束がある。彼の歩みに合わせて、金属の鍵がぶつかり合っている。 1928年のテムズ川の洪水で相当数の収蔵品が破損しておりまして、具体的な損失の程度はいまだはっきりとした統計が取れておりません。 ひとつ言えるのは、あなた方がお探しの絵画がその破損した収蔵品の中にあるということです。 待って……「いまだはっきりとした統計がありません」って? 相手のこの言い方が、테슬라の抱く官僚制度のイメージをより悪化させた。 ええ……本館には二千を超える名画がありますから……。 管理人は仕方なしとお手上げの仕草をした。 絵がどれぐらい破損したのか、これは実際に修復が完了してから初めて評価が出せるのです。 ……ひとりの専門家が一年で修復できるのは二、三枚でしょう。非常に手がかかるのをどうかご理解ください。 ……じゃあ、私たちが探している絵は修復の順番が比較的遅い作品? そうですね。何しろ近代の作品を、古い物より優先するのは大変難しい。 ここだけの話……かの有名なターナー、彼の絵でさえまだほとんど修復されていないのです。 こうして修復に関する話をしながら、一行を案内していた太めの男が古い倉庫の扉の前でついに立ち止まる。 さあここです。ご案内しますよ。 ええ……。 中まで付いてくる気の男を見て、테슬라は僅かながらに表情を歪める。 私たちが進めているのはセキュアな性質の研究で……。 伺っております。 太めの男は同行することを譲らない。 皆さんがMI5だろうがMI6だろうが関係ありません。 あるいは他の目的であろうと……。 この美術館では、いかなる部外者も監視の目を外すことはできません。 ……。 構わない。 아인슈타인は肩をそびやかし、気にしないことを示す。 一緒に入ろう。 ハハ、それは助かります。 こちらのお嬢さんは、よく分かっておられる。 チッ。 私はあんたのために……。 ッ!? ななな、何よこの臭い!? 分厚い扉がギギィと音を立てながらゆっくりと開くにつれ、扉よりも重厚なカビの臭いがそれぞれの鼻腔を突く。 ウィーンで古い酒蔵に入ったことある테슬라でも、この強烈なカビの臭いに驚かされた。 絵画の湿気、それに表面には一定量の油分と水分の混合物……さらに一定の温度を保つ倉庫内は風も通さないので……。 しっかりと閂を掛け、太めの男は説明しながら自分でも咳込んだ。 よく考えれば、この充満した空気は恐らく下水の成分と大差ないでしょう。 ……。 悪いけど、その気持ち悪い喩えはやめてちょうだい。 ゲホゲホ…… ……『レディ・ジェーン・グレイの処刑』ですね? ここはまだ索引カードがないので、 ひとつひとつ見ていくしかありません。 太めの男は微笑しつつ、この濃厚なカビ臭さに絶望的な真実を加えた。

洪水の被害により破損してはいるものの、貴重な文化財には変わりない。太めの男は掛け声をかけながら、웰트と息を合わせ作業をする。額縁はやはり相当な重みがある――慎重な動作でひとつひとつを検分していくしかない。これを数十回も繰り返し、二人の男は足腰を笑わせながら、汗だくになった額を拭う。

『ヘスペリデスの園で争いの林檎を選ぶ不和の女神』……ここにもターナーの絵があったか。ボロボロになって……惜しいな……。

『ポンペイとエルコラーノの壊滅』……こりゃ私の背より大きい!そういえば、我々が探している絵の大きさが分からないな、どれぐらいだったか。

……この絵……相当大きいけど。ふたりで大丈夫?

まるでサッカーゴールのような大きさの作品の番になり、赤髪のツインテールが手伝おうかと駆け出す。

お嬢さん、ちょっとそっちに行っててください……手伝わなくて大丈夫ですから。

よし……三つ数えましょう……イチ、ニの――サン!

倉庫の扉よりも大きな板状の物体が、保管場所からゆっくりと持ち上げられる。 絵画を包む麻布からはホコリが舞い上がり、鼻腔を悪戯にくすぐる――手を離せない웰트はくしゃみを堪えるが、そのこそばゆさにねじ切れんばかり顔面が歪んだ。 よし……次はこの私より年寄りそうなボロ布を取りましょう……。 太めの男は額の汗を拭いながら、水と埃で汚れたカバーを慎重に取り除く。 こ……これは!? 古いカバーをどうにか開けると、象牙を彷彿させるような輝く白が4人の目に飛び込んできた。 暗い背景の中、真っ白いドレスの소녀が目隠しをされ、司祭であろう老人に冷たい断頭台へと導かれている。 紛れもなく、これは『レディ・ジェーン・グレイの処刑』――しかも保存状態は極めて良好。 あ……あり得ない……。 こんなことが……。 どうやら芸術への見識に高い太めの男は、あごが外れそうなほどに驚いていた。 ああ神様!カビのひとつもないとは!!感謝いたします!! この絵……。 そんなことよりも他のことを気にするツインテールは、大きなルーペを使って巨大な絵を隅々まで調べる。 ……サインの場所も同じ……別段おかしなところはないわよね? なんと……この奇跡を目の当たりにして、これ以上何をお望みなんですか? 太めの男には、테슬라が望むものがなんなのかを理解できなかった。 この絵が以前どこに飾られていたか知ってる? お嬢さん、それは……。 太めの男は困った表情でお手上げをし―― 1928年の洪水の時、私はまだ右も左も分からない学生でしたもので。 ……。 自分がバカな質問をしたと知り、테슬라はペロッと舌を出した。 手掛かりが足りないわね。 手掛かり? 太めの男は、何がなんだかさっぱりとした表情で反芻する。 ……僕に考えがある。 아인슈타인は、웰트のリュックから真空管アンプのような形の装置を取り出した。 これでこの絵をスキャンしても、いいですか? あ……まさかそれって……。 ……ウソでしょ。 その装置を見て、테슬라は信じられないといった表情でひとつの可能性に思い至る。 ええと……それは……放射線みたいな物を出すわけではないですよね? 太めの男はいささか警戒し、この胡散臭い装置を見る。 特定の周波のマイクロウェーブだ。破壊力はない。

注:

量子理論の解釈に基づけば、電磁波の分子に対する影響力はその周波数(または波長)を見て決める。周波数が高い(あるいは、より波長が短い)電磁波ほど分子のミクロの結合を変える能力を持つ。

一般的に、マイクロウェーブは遠赤外線となり、その周波数は分子そのものを変えるには遠く及ばず、物体はマイクロウェーブの照射を受けても加熱されるにすぎない――その応用が電子レンジである。

これは希少元素の活性を促し、混合状態を元に戻す装置だ。 はあ……。 太めの男は額を擦りながら反応を返した。 待ってください……あなたまさかそれで、この絵から何かを取り出すおつもりですか!? そう理解してくれてもいい。 なりませんなりません!そのようなことをしたら、絵が傷ついてしまうでしょう!? ……そんなことはないぞ。 天パ소녀は懐中電灯を取り出し、横から絵の表面を照らす。 ……。 やはりな。 え? 太めの男には、아인슈타인の言わんとすることが分からなかった。 見て。 소녀は懐中電灯の角度を維持しながら説明する。 絵の上に薄い膜がある。 ……ああ……フィキサチーフかな? ……。 いや違う、フィキサチーフでも絵画をこれほど完璧な状態で保存することはできない。 太めの男の表情に困惑の色がますます混ざり始める。よく見ると、この薄い膜には金属の光沢が微かにあることも見て取れた。 ……これは……なんだ? ……こんな物、見たことも聞いたこともない! よければ今調べさせてもらいたい。 天パ소녀は懐に抱えた装置のハンドルを揺らす。 ……申し上げた通り、絵画に傷を付けるのは許しません! 太めの男は慌てた―― それがたとえ故意でなくとも、傷をつけた時点で人類に対する罪になるのですから! ……その言い方は大げさすぎる。 この絵は……ただ、今後ほかの「正常な」絵と同じく脆くなるだけだ。 ……。 この物質は、私たちにとってとても重要な物なのよ。 この絵を保護するだけでは分不相応なくらい、価値のあるものかもしれないの。 ……。 聞いてくれなきゃ、我々の組織が別の手段を使うかもしれないわよ。 耳に障る言い方かもしれないけど……その時はこの美術館のスタッフ全員が責任を取ることになる。そんなの私だっていやなのよ。 ……。 ……はあ。 お嬢さん、私だって話が通じないわけではないんですよ。 作品自体が「無傷」で済むとしても、ただひとつ、はっきりとご説明いただきたいのです……。 あの膜を取り出すことに、一体どんな価値があるのです?当美術館は、何を以てあなた方の筋の通っていない不明確な行動に賛同すればいいのです? 人類の運命の予言を以てだ。 天パ소녀は、かつてないほど冷ややかな声で言う。 ……!? 太めの男が驚嘆から我に返るのを待たず、아인슈타인は手にした装置を絵画の真ん中に突き付ける。 魂鋼抽出、開始。 全員、耳を塞げ。