山岳部標準時、11時38分――イエローストーンレイクに到着、なのです。 昼食は朝みなさんに渡した物なのです、歩きながら食べてくださいなのです。 長距離を走ったフォルクスワーゲン・タイプ2は「ウェスト・サム」(West Thumb)の駐車場で、やっとエンジンを休める機会を得た。 皆がぞろぞろと車を下りる時に、シュレーディンガーがいつもの口調で、公知の情報を告げる。 駐車場の北は、「ダック・レイク」(Duck Lake)と書かれた区域で、周囲に禁止区域と書かれた仮囲いがそびえ立っている。 近くには交番が設置されており、プランクは彼らをよく知ったような様子で挨拶し、そのまま一行を連れて仮囲いの中に入った。 仮囲いを抜けると、ダック・レイクの干上がった湖底が一行の目の前に現れた。 웰트は、そこが湖の湖底ではなく、まるで採石場であるかのような錯覚を覚える。すると―― ちっ! 何を見たのか、테슬라が眉間にしわを寄せ、そのまま웰트の背後に隠れた。 どうした? ツイてないわ……なんで、あいつがここにいるのよ……。 え? 訳が分からず웰트は四方を見回すと、黒いスーツの集団がエレベーターで湖底から上がってくるのが見えた―― ――リーダーはカジュアルな男装をしたポニーテールの女性で、見たところ一般人ではないようだ。 웰트は観察をしていると背中にむずがゆさを覚える。테슬라が背後で狂ったように「のの字」を書いているのだ。 おい……どうしたんだ?테슬라博士? ハイ、ナンシー! 一通り回り終えた? 傍らでコソコソしている웰트と테슬라に構わず、プランクは平然と相手に挨拶する。 ええ。 「ナンシー」の視線はプランクとシュレーディンガーを通り過ぎ、아인슈타인らの前で止まる。 彼女たちは、全員君の教え子? そんなところよ。 長い髪のお姉さんは、웰트にウィンクする。 あ……その……나たちは帝国研究院42実験室のメンバーで……。 帝国研究院……? 男装のお姉さんは2秒ほど呆けた。 ロンドンの? ええ……。 そうか。 彼女は愛想笑いを振りまきながら웰트の前に来て、じっと目を凝らして彼を見据える。 ……。 背後でのの字を書いていた手が止まる。 相手が、もう一歩近づく。 彼女の体に触れそうなほどの距離だ。 …………。 웰트は息をのみ、呼吸すらままならなくなりかけたが―― ――相手の視線の先が、自分の後ろであることに気づいた。その視線はまるで웰트を透明人間として扱っている。 ……。 あー……どいたほうがいいかな? 好きにしてくれ。 相手は、この憐れな青年を一度も見はしなかった。 ……。 くんくん。 男装のお姉さんは首を伸ばして、테슬라の体を嗅ぎはじめた。 ちょっと。何してるのよ! くんくん。 ねえ!セクハラよ、やめて! くんくん。 ボサ頭!シュレーディンガー!プランク!お願い、こいつを止めて!? くんくん。 もう、いいでしょ!一体なんなのよ!いい加減にしてっ!! あら? 男装のお姉さんは勢いよく姿勢を正した。 おお~こ~わ~い。 覚えてるんだぞ~、 あの時~、 ちょ~っと怒っただけで~、 危う~く私の事務室を~、 ぜ~んぶ~燃やすとこだったよね~ もちろん~、覚えてるだろ~? 彼女は微笑みながら、ゆっくりと、かつて起きた恐ろしい事件の顛末を話す。 ふ、ふん、あれは私のせいじゃないわ―― ――でも、けちんぼさん、あんたのビルが燃えて倒壊する姿はぜひとも拝みたかったわね! 一方、테슬라も強がって、目を逸らすことなく言い返していた。 ……君みたいに経済観念のない人とは話が通じないな。 ……あんたみたいな成金の二世さんこそ話が通じないわ! ……。 私の一番嫌いな人種が、どんなのか知ってるか? 口では日頃リベラルだ、仁義だ道徳だとか言いながら、研究項目がもっぱら世界を支配する大規模殺戮兵器の奴だ。 自分で言ってて矛盾を感じないのかな、테슬라さん? そうね、あんたは武器を発明しないものね! でも、あんたが新兵器を発明しなければ、戦争で死ぬ人間が減るとでも思ってるの? いつか、争いの双方ともが戦争のコストを担いきれなくなる、そうさせることが私たち発明家の責任よ! そして、これこそが唯一地球上から戦争をなくす方法! あんた達がしていることは、自分たちの金になることを除けば、のうのうと生きている富裕層を喜ばせるだけ――なんの意味があるっていうのよ? 何がゼネラルカンパニーよ、銭取りカンパニーの間違いじゃないの? ……はっきりと言ってくれるね。 はっきり言うわよ、最低限の言論の自由ってもんよ! ……。 いいだろう。 「言論の自由」。 まともにしゃべりたくもない負け犬にとっては―― ――苦労するのも、いいことなんだろ? 男装のお姉さんは部下らしき人物に目を見やり、人を呼ぶ仕草をする。 ななな……何をする気よ!? そうだね……何をするんだと思う? 男装のお姉さんは無邪気に首を傾げる。 ちょっと……こ……この白昼に物騒なこと考えてないでしょうね! 相手が垣間見せる余裕さに、憐れなツインテールは一層強張る。 プッ。 ……え? ふ……あははははははっ! 男装のお姉さんは堪えきれず、派手に大笑いをする。先ほどまで見せていた鋭い雰囲気は微塵も感じない。 バババ……バカじゃないの!突然、何笑ってるのよ!? アハハ……。 なんでもない……。 相手は努めて笑い声を押し殺す―― ただ、さっきみたいに言ってみたかっただけよ……。 それに君の反応がやっぱり面白くて……。 あはははは……どうしてそんなに可愛いのだろう!!! ここここここの―― ――変態ッ!!! ――数分後。 ……そうね。状況は私も理解した。 先ほどの大笑いから一転、落ち着きを見せる男装のお姉さんは冷淡に頷く。 調査はお任せする。 ふふん、うちの学生たちはすごいのよ! 長い髪のお姉さんは、胸を張って自分の学生たちを自慢した。 そうだね……特に赤い髪の子は、どうやら闘志満々のようだ。 ……。 ハハ、いい目だ。いつまでも、そのままでいてくれ。 男装のお姉さんは出し抜けに手を伸ばし、테슬라の頭を撫でてから去っていった。 ……。 くっそ……あいつ……!!! 見てなさいよ!今日のことは、倍返しにしてやる! ……さっきの人……なんか怖かったな。 まったく状況が分からず、웰트は頭を掻く。 ナンシー・トーマス・アルバ・エジソン、北米支部のスポンサーで、事実上の責任者とも言える―― 多くの人が影では「プリンセス・ナンシー」と呼ぶ。 へえ……それは彼女がああも居丈高で、気まぐれそうだから? それだけじゃないわ。あの女、親のおかげで―― とっても、 とっても、 とっても、 とっても。 とーっても金持ちなの。 테슬라は憎々し気に5回も「とても」を繰り返した。 北米支部は、全て彼女が買い取ったと言っても過言じゃないのよ。 え?それ、とてもすごい人なんじゃ? あんたには想像できないぐらいすごいのよ。 ツインテールはいささか寂しげに口を尖らせた。 彼女が天才であることは疑いなし――発明にしろ、商売にしろ――どれも天才よ。 いくつかの点に目を瞑れば……まず、とても優秀なやつ。 じゃあ……。 これはイデオロギーの問題!それに私怨!とにかく構わないで!あいつに関わると、あれやこれやと面倒なんだから!! はぁ、わかったよ。 以前エジソンの下で実験をした時、테슬라は随分と苦労したの。 腐れ縁、ということかしら……ふふふ。 長い髪のお姉さんは説明をしながら、ツインテールの頭を撫でる。今回は明らかな反発はないらしい。 ……。 とにかく、この話題は終わりなのです。 シュレーディンガーは仕方なさそうに테슬라を一瞥し、カードみたいなものをエレベーターの起動装置にかざした。 急いで遺跡に行くのです―― 「それから私たちは、すべての重みが一点に集まる――」 「中心へと向かって進んでいったが、」 「永遠の極寒の闇の中で震えが止まらなかった。」

注:

웰트が連想したのはダンテの『神曲』。

うぅ……寒い。 ちょっとの辛抱よ。我慢して。 あら、温室育ちの웰트君、マイナス5度でもう音を上げるのね―― ――ほんと1月のマイナス20度の時期が待ち遠しいわ、どんな反応かしら、アハハハハ。 ……勘弁してくれ、나は寒がりなんだ。 体を鍛えるんだ。後々、南極に連れて行こうと思っているんだぞ。 …………。
これは……。 寒風にあたって強張った顔のせいで表情の変化は乏しいが、それでも웰트の目には強い驚きの感情が広がった。 厳めしい奇妙なハッチだ。一面には歳月を経たことによる傷跡が細かく付いており、そこに古く奇妙な文字が記されているのも見て取れた。 ⵚⴳⴹⴷⵡⴱⴺⵋⴱⴶⵎⵓ(Eba Dagami Tashi Ha Nu) 次世代の……抗争……我々は……。 「我々は未来の為に戦う」。まあ……こんなところかな。 フィンランド人の声はいささか緊張し、興奮している。 さすが専門家ね―― よく読めること。 イヤイヤ……。 フィンランド人は照れくさそうに頭を掻いた。 ただ他人に比べて、私が触れていた研究材料が古かっただけで。 もう少し技術の進んだ映像資料なんかを調べることになったら、それこそ「教え子」に教えを請いに行くだけだよ。 (教え子に……教えを請う?) あら、十分にすごいのに。 人の能力は結局のところ、機械とは比べ物にならないわ。ああ、話が逸れたわね。 長い髪のお姉さんはパチンと指を鳴らす―― 入るわよ?皆さん。 廃墟の中を歩きながら、肉たっぷりのハンバーガーをかじる――웰트にとって、これはとても新鮮な体験だ。 現在いる遺跡の構造は地理の専門書に出てくるペトラ遺跡、あるいはトールキンの書くドワーフの都市を思わせる。

注:

ペトラ(ギリシャ語:Πέτρα)はヨルダンにある遺跡で、歴史上かつて東西交易の要衝を守った貿易拠点。

ペトラは極度に独特な都市であり、入り口は長さ約1.5キロの狭い峡谷で、周囲は絶壁に囲まれており、都市全体の全ての主要建築がみな赤褐色の砂岩を削った崖の上にある。

巨大な地下洞穴、ハイパワーライトの光が天然の鍾乳洞と人工の建造物へ無差別に降り注ぐ。 碁盤のような形の部屋が古い金属の桟道と一体化し、工業的なデザインが不思議と安心感を覚えさせる。 建物の残骸と壊れた機械設備が入り乱れるそこは、まるで迷宮である。火山灰に埋もれたポンペイでもこれほどではないだろう。

注:

ポンペイ(ラテン語:Pompeii)、古代ローマの一都市、紀元79年8月24日のヴェスヴィオ火山の噴火で火山灰に埋まった。

そのためポンペイの時間は完全に紀元79年8月24日のまま停止した。

フィンランド人のような歴史学者にとって、この光景は間違いなく目を見張るものだ。 ――事実、彼は初めて博物館に来た子供みたいに興奮して記録を取り、一心に地面を這っては細部を観察している。 おお、M.i.L.a.! 顔にケチャップを付けたフィンランド人は、望外の喜びに思わず言葉を漏らしている。 ああぁ!これはG.e.c.K.か? 口からパンを飛ばして、フィンランド人は躍り上がる。 見ろ!この黒板にはまだ資料が残っている! ……クソ……不完全で何にもわからない!そういえば、君たちが研究をしていたあれは何と言うんだ?「M理論」か?

注:

M理論は物理学において各種の形式の「超弦」の統一を試みる理論体系。

未だM理論の完全な表現は発見されていないが、この理論は「膜」という抽象オブジェクト(高次元空間のある種のポイントで、ダイレクトに「点」を拡張した概念)で、且つ11次の超引力を描出できる。

指先をバターで染めたフィンランド人が、手を伸ばして人を呼ぶ。
狂ったようなフィンランド人の熱に耐えかねた女性陣はそっと距離を取る。 シュレーディンガーさん。 はいなのです。 ここ、かなり頑丈だろう。 昼食の包み紙を片付け、天パ소녀は洞窟の天井を支える強化フレームにライトを当てて言う。 大半は鍾乳洞の内部へと伸びていて、細部にわたるフレームは明らかに現代人が施したものではない構造だ。 はい、そうなのです。 縦ロールは頷き、手にしたサンドイッチの最後のひと口を素早く飲み下す。 ここのフレーム構造は完全無欠なのです。落石のリスクに怯える必要はないのです。 それじゃあ、低いところで壊れているあれは……。 人が破壊したものか、なのです? おそらく、そうなのです。 ……外敵の侵入?内輪揉め?伝染病? 不明なのです、そこはあのフィンランド人が―― しっ。 シュレーディンガーが半分まで言ったところで、아인슈타인は突然人差し指を自分の唇に当てた。 耳を澄ましてみろ……物音がする。 ……。 シュレーディンガーは首を横に振った。 ……なんの音もしないわ。 테슬라は声を押し殺しつつ言う。 聞こえないか?細く尖った……耳鳴りのような音。 아인슈타인は目を閉じ、耳を両手で塞いだ。しばらくたったらまた両手を離した。 まだ音がする。僕の幻聴じゃない。 しかし、私たちには何も聞こえないよ? やっと手を洗ったフィンランド人が、訳が分からないとでも言いたげに웰트を見る。 ……何も聞こえない。 웰트も同様に首を振る。 ……。 モスキート音。 プランクは突然何かを理解したかのように小さく頭を叩いた。 しかも相当な高周波よ。테슬라にも聞こえない。 音源を探せるかしら?リーゼルちゃん。 やってみる。 天パ소녀はもう一度目を閉じ、手を耳の横にあて……か細い音の発信源を探し歩き始める。 테슬라はすぐに前に出て彼女の腕を取り、音だけに集中できるよう手助けする。 モスキート音? 웰트は、科学者たちが揃って今何をしているのか全く分からなかった。 簡単に言えば……未成年にしか聞こえない超音波よ。多分何か人工的に作られたものが動いてる。

注:

モスキート音は周波数17.4kHz前後の特殊音。人間の耳は18歳を境にこの音を聞き取る聴力が急低下し、遅くとも25歳ごろには完全に聞こえなくなる。

よく使われるモスキート音の模擬音は8kHz前後の音波で、それらは正常な聴力ならば大多数が聞き取れる。

아인슈타인のサポートに専念する테슬라は、振り返りもせずぞんざいにあしらった。
前に壁があるわ。 石に気を付けて。 待って……そっちは行き止まりよ。迂回しないと。 아인슈타인の先導で、一行は次第に遺跡の深部へと向かう。 ――いまだ風化していない白骨、19世紀初期レベルのライフル…… 明らかにショショーニ族しか使わないようなテントまで。

注:

ショショーニ族(Shoshone)は広くアメリカ西部とメキシコ北部で活動した原住民の部族である。

その言語はユト・アステカ語族に属す。

これは……なんだ? 웰트はテント横にあるライフルを見る。劣化具合と型の年代的に、この遺跡には到底似合わない代物だ。 分からない。 フィンランド人も首を振る。 こんな地底に、なぜ現代人が活動した痕跡があるのか私には想像もつかない。 組織が原住民を雇って調査させていたということは? あり得ないのです、組織がこのようなライフルを使う原住民族と協力したなど聞いたこともないのです。 じゃあ……もしかして、ここをかつて原住民族が避難所にしていたとか? ……そうなると、彼らが湖の水を抜くことができたことになるのです。 ああ……それか過去に地盤の変化があって、当時はこの湖そのものが存在していなかったり。 ……。 そうであったとしても、なのです。液圧ポンプが無ければ外部操作できないあのハッチを、彼らはどう開けたのです? それは……。 しっ。 プランクは「声を小さく」と手ぶりで示す。 (あなたたちが好奇心を抑えきれないとすると、ある有名な小説の名言が今の状況に合いそうね。) ……? (L'humaine sagesse était tout entière dans ces deux mots……) (Attendre et espérer!)

注:

“「人間の叡智はすべて次の言葉に尽きることをお忘れにならずに。待て、しかして希望せよ!」――『モンテクリスト伯』。

うん……ここだと思う。 一行は遺跡の奥深くの部屋の前で止まった。 ご苦労様。耳を塞いで少し休みなさい。開けるのは私たちに任せて。 プランクは아인슈타인にそう言い、ゲートの仕掛けを調べ始める。 ギィ―― 思いもよらないことに、ゲートは手をかけて引くだけで開いた。 ……。 ……な、何よ、別に雑に扱ったわけじゃなくて勝手に開いたのよ。ふん。 ……誰もそこは気にしてませんなのです、教授。 ゲート内は妙にきれいな部屋だった。 四方は壁紙の質によるものなのかひどくぬめっていたが、象牙色の机にはほぼ塵ひとつ無い。 管状の突起の並んだ奇妙な機械が机に置かれており――赤や緑の光を内部で点滅させている。 これでもう奇妙な音はしないはずなのです。 シュレーディンガーは机の上の奇妙な機械を抱え、その底からひとつ棒のような物を取り出した。 構造から見て、これが超音波発生器なのです。ただ、なぜこれほど長く動いていたかは謎なのです。 超音波……モスキート音は副産物だったのね……。 プランクは懐中電灯の光をゲートに向け、外を振り返った。 リーゼルちゃん?まだあの音は聞こえる? ……無くなったよ。 自分が無事であることを見せるためであろう、소녀は顔を上げゲート内に入ってきた。 ん、待て……これは……。 소녀は突然目を見開いた。懐中電灯の明かりを借り、彼女は天井に視線を移す。 まさか……こ……これは……。 つられて見上げたフィンランド人は驚きの声を上げた。 これは英語じゃないか?現代英語だ! 本当だわ……これは―― To the youngs who came here(ここに来た少年たちよ) I leave the last Soulium to you(私は最後の魂鋼を君たちに預けよう) Knight of Maiden Castle(メイデン・キャッスルの騎士) H Londinium Doire A(H・ロンディニウム・ドイル・A) こ……これは? シュレーディンガー! あなたが抱えている機械……中身どうなってる? は、はい……見てみるなのです……。 縦ロールはすぐに機械を地面に置いて分解し始める。 ここが開くはずなのです……ああ……中は確かに空洞が……それに台座がひとつあるのです……。 ……超音波魂鋼レコーダー? 테슬라の両目が突然キラリと光を放つ。 きっと、このHとやらは魂鋼内のデータを私たちに託したのよ! それで……肝心のデータは? シュレーディンガーは謎の機械を机に戻し、興奮したツインテールへ向け両手を広げた。 ああ……きっと、このHとやらがもっと分かりにくいところに隠したのね。 では、彼または彼女はなぜそんなことをしたのです?もし、後世に研究を残そうとしたのなら、そのままにしておくはずなのです。 ……こいつに何か、魂鋼を移さざるを得ない理由があったのでは? 誰かが魂鋼を盗もうとしたから、Hとやらは魂鋼を安全な場所に隠した、そういうことなのです? シュレーディンガーは肩をすくめる。 だとしたら、何かヒントがあるはずなのです。 ――天井に書かれた意味不明なものではなく……もっと場所に関するヒントっぽいものが残っているはずなのです。 うっ……。 それに、私たちが最初にここへ辿り着いたという証拠はどこにも―― ロンドンデリー、北アイルランドの都市だ。 ずっと黙っていた無機質な소녀が何の前触れもなく話し出した。 え……あっ! 今しがたまで口ごもっていたツインテールが、突然何かに思い至った。 そうよ!ロンディニウムはローマ時代のロンドンの旧称だわ!

注:

ロンディニウム(ラテン語:Londinium)、またはローマロンドンとも呼ばれ、紀元前43年頃に建城された、今日のイギリスの首都ロンドン。

西暦190~225年の間、ローマ人がロンディニウムの堅固な城壁を修繕、当時のブリタニア最大の工程のひとつで、ハドリアヌスの長城と並び称される。以来ロンドンの城壁は二千年近くそびえ立っている。

え?待って?じゃあ、なんで北アイルランドなの? 都市名に「ロンドン」を含む場所で、このロンドンデリーだけが「メイデン・キャッスル」と称される。なぜなら歴史上で一度も外敵に落とされたことがないからだ。 ついでに言えば、「ドイル」(Doire)はゲール語の「デリー」(Derry)だ。これで証拠はふたつ。

注:

ロンドンデリー(Londonderry)、アイルランド名デリー(Derry、ゲール語:Doire)、イギリス北アイルランド地区西北部の都市、ロンドンデリー郡の首都。

当該都市には「メイデン・シティ」(MaidenCity)――近代の幾多の戦争で、未だ砲弾に撃たれたことがないことから――のあだ名がある。ヨーロッパでも数少ないまだ陥落したことのない都市のひとつ。

一般には、この都市の名は恐らく「ロンドンデリーの歌」(LondonderryAir)で知られる。

あああ!そうか! ツインテールは、아인슈타인へ尊敬のまなざしを送る。 ……もしかしたら、ただの偶然なだけかもなのです。 しかし、シュレーディンガーは依然ネガティブだった。 この世のどこにこんな偶然があるのよ!? 数学的に見れば、言うまでもなく――個人の誕生自体が確率0の事象なのです。

注:

確率論において、ひとつの事象が発生する確率が0ならば、「確率0」といい、事象が「ほぼまったく起こらない」ことを意味する。

無限集合において、事象の確率はそのサンプル集合から推測し、それが真に「起こりうる」、しかし「ほぼ全く起こらない」事象である。例えば――「全体の実数から任意に取り出した時、当該数字は有理数である」。

数学を持ち出さないで!数学がどう関係するのよ! こほん。 二人の争論がだんだんと本題から離れそうになったところで、長い髪のお姉さんはわざとらしい咳払いをした。 今はまだ結論付けられないわね。ひとつ提案があるわ、あなたたちが賛成してくれるかどうかは分からないけれど……。 自分の主張を展開する前に、彼女は微笑を浮かべて테슬라を一目見た。
二日目、深夜。 ロンドンへ帰る飛行機で、ひどく退屈そうな웰트はトランプを箱へとしまう。「ソリティア」(Solitaire)のような一人遊びにはもう飽きた。

注:

「ソリティア」(Solitaire)はWindows バージョン3.0からずっとプリインストールされているひとり用トランプゲーム。

面白いことに、OSに搭載されて以来、公務員が就業中にこっそりこのゲームを遊ぶことが世界的な問題になったことである。

아인슈타인はまた本を顔に被せ、테슬라もまた変な寝相で寝ている。フィンランド人に至っては――そもそも飛行機に乗っていない。
本日の調査終了後、二手に分かれましょう。 イエローストーン公園の地下洞穴でプランクはこう提案した。 42実験室の皆さんはロンドンに帰り、「H.A」の手掛かりを調査。私たち北米支部は引き続き遺跡の発掘を―― ああ、ノキアンビルタネン博士は残って手伝ってくれると助かる。資料の解読にあなたは不可欠な人材だからね。 問題ないよ。아인슈타인博士と테슬라博士が同意してくれれば。 はい……古代文字の専門家が残ってくださるのは悪くないことなのです。 どうやら、シュレーディンガーはこの提案に同意するようだ。 私たちも問題ないわ! 테슬라が簡単に42実験室を代表して言う。 あと、私とエジソンで話したのだけれど――近いうち、私は北米支部を代表して本部に戻るわ。 ……そうね、いろいろと都合もあるし、42実験室のみんなと同じ飛行機で。 え? シュレーディンガーは、このことを知らなかったようで驚く。 なぜ、彼女が自分で戻らないのです? 「プリンセス・ナンシー」を評議会に行かせる……。 ふふ、みなまで言わなくても想像できるでしょ。 長い髪のお姉さんは苦笑した。 最近、支部と本部の間で齟齬が増えてきてるわ……私が行けば、コミュニケーションも多少は良くなるでしょう。 聞くにただの引き延ばし戦術なだけなのです。 縦ロールはひとつ嘆息した。 プリンセスは支部をビジネスグループにしたから、評議会の偉い人たちとはずっと上手くいっていないなのです。 ふふ、彼らはソ連人との方が馬が合うんでしょうね。 プランクは肩をすくめる。 本当のことを言えば、ああいう人たちにとって国家だの経済だの「表の社会」はおもちゃみたいなものなのよ。 ……彼らは戦乙女こそが問題を解決してくれるカギだと思っている節があるのです。 プロトタイプの効率を2倍か3倍にできればそれでいいのよ、彼らは。 プランクは、慰めるようにシュレーディンガーの頭を撫でた。 私たちの研究に進展があれば、引き延ばし戦術にもいくらか意味があるわ。 ああ……つまらないわ……。 あなた!お姉さんと遊ばない? 長い髪のお姉さんが、いつの間にか青年の横に座っている。 勘弁してくれないか……。 基本、青年は赤髪のツインテールをはじめ、彼女たちのお願いを断れない。が、プランクのわがままに関しては別のようだ。 あら……どうしてこんなに嫌われちゃったのかしら……。 相手は耳元の髪を弄りながら、軽く口を尖らせる。 ……。 ちぇっ。 ……諦めてください。 はぁ~あ、科学者の扱いなんてみんなこんなものよね……。 長い髪のお姉さんは可哀そうなふりをする。 ちょっとぐらいでもいいのに……。 見たところあなた、心の中は私の生徒たちのことでいっぱいなんでしょ? 若い子に夢中なのね。 や……そうじゃなくて……どうしてそう思うかなっ! じゃあ、私と遊びましょ! ……はぁ、だったら何して遊ぶか考えてくれ。 うーん……。 웰트君が興味を持ちそうなことは……。 そうだ、彼女たちが寝ているうちに、デートでもする? ……は!? い……いきなり何を言い出すんだ! ん? 何よ、私に何か不満でもあるの? ……不満とかの問題じゃないだろ! あら……飛行機を下りたら、それぞれの目的で忙しくなるわよ?なら、今のうちに、ね。 確かにそうだけど……それで? だから……。 長い髪のお姉さんはミステリアスに笑い、ノートから何枚か紙を破り―― ささっと何かを書き始めた。

――웰트君は彼女たちを守れる?

もし……男として力及ぶ限りのことであれば……。

いいえ。それでは足りないわ。


仮に本当に古代人が――つまりH.Aだけど――イエローストーンの遺跡から魂鋼を移動させて故意に手掛かりを残したとする。

そこから、ひとつ分かることがあるわ――彼、あるいは彼女は、きっと魂鋼をあそこに残していては危険だと思ったのよ。

しかも、イギリスに移して適切に隠しても、まだ足りないぐらい。

そして、後世の若者にほどよいヒントを与えて、彼らに自分の研究を引き継がせる。

そこでひとつ問題――


一体どんな相手が、ここまでさせたのかしら?

もしかして……。


相手も相応の手練れ……もしくは組織?


H.Aひとりだけでは、対抗できないほどの?

よくできました。

じゃあ、ひとりじゃ対抗できないような組織で、しかも魂鋼に関心があるのは――


そして私たちが知るこの世界で、答えになりそうなものは?

ひとつだけ知ってるけど……でも……。

私もひとつだけ知ってるわ。

というと――

青年が声を上げる前に、長い髪のお姉さんの柔らかい人差し指が彼の唇を軽く抑えた。彼女はしなやかに体を移動させ、より人目の付かない席に座った。 赤い唇が彼の目に近づき、彼の神経を挑発的にからかう。 ……ちょっとした……内緒話よ? 私たち…… ふたりだけの…… 内緒話……。