故に、あの『羅刹人』に出会った時、
「鷹」は思わず、時間が繰り返され、過去の光景が再び目の前に現れたのではないかと錯覚した。
その人間を初めて見た時、背筋が凍った。
そいつは『災い』だと、脳が警鐘を鳴らす。
『災い』は隊商の馬車の中にいて、その空間を独り占めしていた。[\s]
数十人の隊商の中で、彼だけがその待遇を有している。
男は片膝をつく。[\s]その口調は穏やかで、まるで親しい相手に囁いているかのようだった。[\s]しかし周りを見渡してみても、馬車の中に他の人間はいない。[\s]
あるのは、棺だけ。
相手が話しているのは羅刹語ではない。だから、「鷹」にはその意味がよく分からなかった。
しかし、その奇異な光景を見た彼は、既に冷や汗が止まらない状態にある。
羅刹人の見た目は大体、20歳くらいだろうか。背は高いが、逞しくはない。
武術はできるが、達人ではない。
筋肉が肥大している人間は、外家拳を主とする武術者。
そういう人間たちの肩と腕は力が強く、金属や石を簡単に破壊でき、普通の鈍器を防御することも容易である。
優れた外家拳は平衡、つまり、力が全身に渡ることを重んじる。力量のみを求めてしまうと、却って臨機応変に動けなくなるのだ。
速度と力量を兼ね備えた者こそ、腕のある人物。
内家拳は内なる力を、即ち、経脈と『真気』を鍛える。
そういう者の形神は控え目でありながらも、存在感がある。眼差しと呼吸を観察すれば、その奥深さが分かる。
彼は何人もの命を奪っている。いまさら、一人増えたって構わない。[\s]
しかし……刀は抜かれなかった。
ようやく視線を強盗たちの首領に向けた。
[em italic]羅刹鬼め、勿体振りやがって。[/em][\s]
「鷹」は思わず心の中で罵る。[\s]
[em italic]バイホイ人にお前を売ったら、どんな表情を見せるか楽しみだ。[/em]
死んだ羅刹人は金にならないが、生きている羅刹人は高値で売れる。
バイホイの奴隷商人はこういうものが好みで、いい値で買ってくれるのだ。
彼は何故、あの棺に話しかけていたのだろうか?[\s]
馬車を貸切にしていることも、疑わしい……[\s]
そうだ、棺の中身を人に知られたくないからだ。
……何だ??
「鷹」はたくさんの人間を見てきた。
彼が見てきた眼差しも、数え切れぬほどだった。
恐怖、憎しみ、怒り、悔しさ、苦しみ……
いや、彼は見ていただけではない。彼自身こそが、そういう感情の原因であったのだ。
首に当てられる刀は、この世で最も有効的な自白剤だ。
人一人の心の奥底を徹底的に暴くことができる。
「鷹」は死ぬ寸前の眼差しに麻痺していて、
瀕死の際の感情に動くことはない。
そういうものを、彼はたくさん見てきているからだ。
しかし、この羅刹人と同じ眼差しは今までなかった。
あれは揺るぎない、狂気、残酷、愉悦、憐れみ、そして……
[em italic]そうだ。[/em]
「鷹」はハッとして、唾を呑む。
この羅刹人は終始、彼のことなど眼中にないのだ。[\s]
相手にとって、金砂会首領たる「鷹」ですら、大漠の砂と何の違いもない。[\s]
価値はなく、意味もない。
次の瞬間、羅刹人に踏み潰されるような錯覚すらあった。
きっと、散歩するかのように簡単なのだろう。
恐怖を感じたからではない。「鷹」は、自身に言い聞かせたのだ。[\s]
彼は決して、羅刹鬼を怖がらない。
遠い先に、一縷の煙がゆっくりと昇る。
金砂会の帰路を示す合図である。
彼は目の前の二人を観察し、
少し離れた砂場に視線を向け、[\s]
また宿場の中へと意味深長な視線を向ける。