「量子の海」は、本物の海ではない。 それは特定の星に属さず、また水のような液体で構成されたものでもない。 事実上、それは「一つの宇宙」の「礎石」ではなく、あらゆる可能性の世界の「媒質」のようなものである。 我々は、三次元または四次元の数学的概念でそれの構造を完全には描けないが—— しかし、あらゆる次元や法則によって展開される様々な宇宙を、一つひとつの「世界の泡」だと想像することはできる—— ——そういった比喩的な意味では、「量子の海」はそのあらゆる「世界の泡」を収容する「海」である。 ……もちろん、それを海ではなく浴槽と思ってもらっても支障はない。 「量子の海」を構成する「エーテル」は、その「ゆらぎ」の中で様々な「膜」が形成され、これらの「膜」は「世界の泡」に進化する可能性がある。 既知の通り、三次元の泡は二次元に近い球面を形成する。 それら「世界の泡」は、「エーテル浴槽」が所有する全ての11次元に対しても、その受け継ぎにはそれぞれ取捨選択がある。 たとえば、我々がよく知る「宇宙」とは、人類が認識できる4つの次元と7つの余剰次元、そしてあらゆる定数が日常経験と合致する「膜」である。 オットー主教の言う「アンカーポイント」とは、それらの「膜」を「世界の泡」にする機会、または特殊構造を指している。 二つの「膜」の「類似性距離」が十分狭い時、それらは互いに影響をし始める——たとえば物質の交流などだ。 一般的に、物質は「比較的小さい膜」から「比較的大きい膜」に行くのは容易だが、逆だとかなり難しい—— ——こうして、「比較的小さい膜」は構造的に退化が発生しやすくなり、さらに多くの「膜」に影響されやすくなる。 そして最終的には、「投影」と呼ばれる特殊な「膜」が生まれる。 「投影」では、他の「膜」の影響を受けたエリアだけが存在し続ける——一方、他の空間は消えてなくなる。 例として、「カレドニア号」が今いる「世界」は、まさに幾つかの性質が類似した「膜」が共有された「投影」である。 だからこそ、ビアンカたちはもう一つの世界から来た「船長・シェイクスピア」の客人となった。 …… ………… ……………… ああ~、もうッ!こんな訳の分からないことばかり考えても仕方ありません! あっ…… い、いたんですね、リタ。 島の難民たちは落ち着きました。 海賊たちは苦言を呈しておりましたが、艦内に皆様が休める場所を作ってくれました。 ……とはいえ、少なくともしばらくはベッドでゆっくりと休むことは難しそうですね。 それでいいんです、船に乗った方も、助けることに同意した方も、文句は言えないはずですから。 それにあのミゲルおじいさんがいます。雰囲気が最悪になるようなことはないと思います、そうでしょう? ええ、そうですね。 …… 実は、ビアンカ様のそういったところにいたく感心をしておりました。 えっ?そういったところ? いつも瞬時に判断を下し、躊躇うことなく実行に移すところです。 ははっ…… でも昔、孤児院にいた頃、カウンセリングの先生にこんな風に言われたことがあります—— 「もうっ!この馬鹿!少しは頭を使ってから行動できないの!?」 あと—— 「そんなすぐ信用しないで!もう少し頭を使いなさい!」 ——誰もが思う欠点は、あなたからすると貴重な長所に変わるものなんですね? ふふっ、長所に変わったわけではありません。 ——適度な無鉄砲は、躊躇いや優柔不断、責任から逃れるためにすべきことをしない人よりずっとマシだと思っています。 ……最後のそれは——そんなひどい戦乙女はどこにもいないと思いますよ?無論、あなた自身のことじゃないのも分かっていますからね。 ふふっ、真面目にビアンカ様を褒めようと思っただけです。 ほ、褒めるだなんて…… ……これじゃ、完全に先手を取られてしまいました。 逆、完全に逆ですよ! ……逆、ですか? …… はい、これ……プレゼントです。 えっと…… ……17歳、お誕生日おめでとうございます、副官さん。 ……あっ、ありがとうございます。 こ、これは「リヴァイアサン」の牙で適当に作ったものです。 ……へ、変でしたら、捨てても構いませんから。お金にもなりませんし。 ほ、本当は夜、お休みの時に渡そうと思っていましたが……一応今日、私の代わりに戦ってくれたお礼も兼ねて…… ……で、でも、数時間くらいフライングしても平気ですよね?そうですよね? …… もちろんです。ビアンカ様からいただいたプレゼント、必ず大切にいたします。 そ、そんな大袈裟なものじゃないから! ふふふ……照れなくてもいいですよ、ビアンカ様。 て、照れてませんからッ! あっ……ごめんなさい。お、大きな声を出すつもりはなかったんです…… ふふ、分かっていますよ、ビアンカ様。 ですが…… ……どうして私の誕生日が明日……3月1日だとご存知だったんですか? ……私は……誰にも言っていないはずですが? ……ハハハッ、それはあの主教様があなたを「売った」からですよ。 リタ・ロスヴァイセ、1995年3月1日生まれ—— おっと…… いいところを邪魔してしまったかな。 い、いいところ?そ、そんなんじゃありません…… ……コホン。 とにかく、自己紹介の時にも言ったけど、この世界の「ヨーロッパ」は「封鎖されている」状態にある。 ええ、他の世界から流れついた難民が増えてきています。これも「ヨーロッパ」の統治者と関係があるかもしれないと言っていましたね。 ああ、あんたたちにこれについて「直接的な証拠」を見せるとも言った—— ——ちょうど今、それを見るのに適した場所に着いたところだ。 ……? 「ヘラクレスの柱」、「ターリクの山」、「世界の最果て」、さまざまな名で呼ばれる地—— ——ジブラルタルさ。 ……!? ……ジブラルタル?? 私たちが出発した場所は、カナリア諸島とマデイラ諸島の間の大西洋じゃありませんでしたか? そうだよ、嘘はついていない。 じゃあ、あなたの言うことが正しいとなると、出発してたった4時間で、私たちは1000キロ以上離れた場所まで移動したことになります—— ——この骨董品のような潜水艦で?100ノット以上のスピードを出したと? 半分の半分の25ノットでも、時速50キロメートル以下です——そんな嘘みたいな話、ありえません! ハハハハッ!戦乙女というのは地理に関しても一流なのかい? そうさ、この「カレドニア号」は今、5ノットのスピードで前進中だ——うん、普通の人が走るスピードくらいかな。 じゃあ—— まあまあ、落ち着いて。 「カレドニア号」の速力は決して速くない、けど抜け道がないとは限らないだろ? ……どういうことですか? 副官“先生”が言ったことはまだ覚えているかい?ここの全ては外部の世界の「投影」だと、彼女はそう考えている。 しかし、「投影」は本物を100%再現できるわけではない。たとえば、この世界にはここで生まれた「人類」が存在しないんだ。 ……つまり、この世界には外の世界と異なった自然現象が存在するのも頷ける話だろう? ……いったい、何が言いたいんですか? この海を航海してみたところ、超高速で流れる深層海流が至る所に分布しているのを発見したんだよ。それを利用すれば、「カレドニア号」は水面下を高速で移動することができる。 この潜水艦を海底でサーフィンするサーフボードだと考えれば理解しやすいかな。 超高速の深層海流……どうしてそんなものが? ……知らないよ。漁師に台風の原理を説明しろと言うのと同じで、無理な話さ。 とにかく、副官“先生”の話によると、それはこの世界特有の自然現象だ。まあ、その裏に何か「深い理由」が隠されている可能性もあるかもしれないが。 …… ともあれ、ジブラルタルの岩は嘘をつかないからね。 「カレドニア号」は、もうすぐ海面へ出る——目を凝らして見てみるといいさ。 …… 本当にジブラルタルですね…… でもあの壁——あのエネルギーウォールは、いったい何なんですか!? 海岸線を丸ごと囲んでいます! ——正確に言うと、あれはヨーロッパ大陸全土を丸ごと囲んでいるんだ。 「アスガルドの壁」……北アフリカに逃げた人々は、あの化け物をそう呼んでいる。 彼らの話によると、あのエネルギーウォールは100年前に出現したらしい。最初はとある陥落した都市を囲むだけだったが。 しかし、あれはどんどん外へと広がり、ゆっくりと、だが確実に新たな壁を増やしていった。山を越え、川を越え、人の住めないエリアを作り出していったよ。 あと数年もしたら、地中海と大西洋は断絶されるだろうね。 ジブラルタル海峡は、イギリス海峡よりも流れが速い……けど、あの巨大な壁を前にすれば、それも時間の問題だった。

注釈:

地中海と大西洋との断絶は実際に起きた出来事である。下記の内容は《地中海は沙漠だった―グロマー・チャレンジャー号の航海》から引用したものである。


***地中海の歴史***

2000万年前、地中海はインド洋と大西洋を繋ぐ広い海路だった。約1500年前、アフリカ大陸とユーラシア大陸の衝突と中東で発生した造山運動につれ、現在の地中海の原型にあたるテチス海とインド洋の海路は中断された。当時、テチス海と大西洋を繋ぐ二つの狭い海路——南スペインのベティック回廊と北西アフリカのリフィーン回廊のみが残されている。海水の流れが徐々に止まると、底生生物やプランクトンも死から逃れられなくなる。塩分危機を免れた種族は進化繁殖し続ける。二つの海路が閉じた後、テチス海は塩湖化しながら縮小もしくは完全に干上がったため、この海面下3000mの中新世の「死の谷」にいる動植物はどんどんいなくなる。ジブラルタル海峡は土手のように、干上がった地中海と大西洋の間に横たわり、大西洋から流れ込む海水を中断した。500万年前の鮮新世初期、この土手から海水が流れ込み、裂け目を通って、巨大な滝を作った。このジブラルタルの滝の水量は毎年平均40000km³、それはヴィクトリアの滝の100倍、ナイアガラ・フォールズの1000倍の水量である。しかしこれほどの滝でも、干上がった地中海を元に戻すには100年以上必要になる。それはなんと壮観な景色なのだろう!

メッシニアン塩分危機の時代では、海水が海峡を越えると、動物もそれと共に押し寄せるが、溶解されたイオンが塩分として沈殿すると、動物たちはまた死んでいく。しかし、洪水が氾濫する度に新たな動物の時代が始まる。鮮新世初期のジブラルタル海峡は十分狭く深かったため、大西洋からの冷たい海水は滞りなく新たに誕生した地中海に流れ込むことができた。しかし、歴史は繰り返すと岩芯は私たちに教えてくれた。今、ジブラルタル海峡は浅くなり続けている。いつか、ジブラルタル海峡は再び大西洋と地中海の砂漠を隔てた地峡となるだろう。

この話はあまりにも摩訶不思議ではあるが、しかしそれは私とレイン、シーダによる岩芯の分析データを元に推論した結果である。もちろん、この大胆な意見はたくさんの人に疑われるだろう。しかし、質問と答えによって構成されたやりとりは結局、このパズルゲームの中で新たなピースをめくることに過ぎないのである。

ジブラルタルは、昔かなり重要な貿易拠点でしたのに、まさかそのまま廃れていってしまうとはね。 対岸のタンジェ、セウタ、それとテトゥアンはいつまで持ちますかしら。 テトゥアンは、レイラさんの故郷だからね。 …… 質問してもいいですか? もちろん。 あの「アスガルドの壁」は……崩壊エネルギーによって構成されているのですか? 副官“先生”の観測だと、そういうことになるらしい。 「断面の平均エネルギー密度は約1000HW/m、触れると即死する」——彼女が使う専門用語はよく分からないが、とにかく恐ろしいものだよ。 ……それなのに、「崩壊獣」の出現はなかったんですね? ほうかいじゅう?なんだい、それ? 鉄仮面さんが言ってた「魔物」のことですよ。 「壁」の周りに、そういったものは出現していないのですか? うん、ないね。 でも「アスガルドの壁」に直接触れるのが致命的なのには変わりないよ……故郷から離れるのを拒んだ難民たちが、煙のように消えてしまったのがその証拠さ。 煙のように消えた…… どうやら、高濃度の崩壊エネルギーの他に、別のエネルギーが作用しているようですね…… ……いつかの私は、手段を手に入れたことで、その全てを変えられると思っていた。 でも、自分なら大丈夫、運も味方していると高を括り過ぎていたんだ。だから——
——この剣は、こんな風に壊れてしまった。 それは……宝剣ですか? ……壊れているようには見えませんが。 ……それは、あんたがまだこれの真の姿を見たことないからさ。 「愛剣よ、汝(なれ)まことにいたまし!」 「この身棄つる今となりては、もはや汝のこと案ぜず。」 「幾多の戦、汝によりて戦場に制し、幾多の土地を広々と戦いとれり。」 「陽に映えて、汝はかくも輝く、炎と燃ゆ!」 「その七色の柄の中、聖遺物あまたあり。」 「勇敢の赤、自信の橙、博愛の金、善良の緑、活力の青、理性の藍、高貴な紫!」 「汝はこの世で最も鋭い刃なり、いともめでたき勇士こそ、汝を長らく手にはせる!」 「——その名の通り、ドゥリンダナ、強き、長久の刀剣よ。」 とにかく、この剣はもう使えないから、あんたにあげよう! ま、待ってください! 壊れたものを私に渡してどうするんですか!? それに「ドゥリンダナ」という名前……どこかで聞いたことあるような気がします……その過度な演出も余計怪しいです! まあ、そのなんというか…… その剣を無理やり使おうとしたら…… 何か契約違反を犯してしまったみたいでね、この剣が持つ特殊な力を全て消し去ってしまったみたいなんだよ! あなたね…… ……まさか私たちの力を借りて、この剣の力を取り戻そうというつもりじゃないでしょうね。 ああ、まさにその通りだよ。 あのね、こんな訳の分からないことに私たちが素直に頷くとでも思ってるんですか!? ……だって、副官“先生”による「戦乙女」への見解によると、あんた、もしくはリタこそがこの武器の「真の主」の可能性が高いらしくてね。 ……どういう意味ですか? この「ドゥリンダナ」が真の力を発揮する時、「主」の素質をこの剣が見定めるらしい。 勇敢、自信、博愛、善良、活力、理性、高貴。 この七つの特徴を全て満たしていないと、剣の力は消えてなくなり、地の果てで七つの宝石となる。 ……どこかのおとぎ話ですか。 では、良いことを教えてあげよう—— 「カレドニア号」の船長は、先ほどアフリカ大陸の最西端にあるサルム川で「勇気の宝石」を回収し、剣の柄に再び赤の装飾を復活させた—— ——これでもまだ、ただのおとぎ話だと思うかい? …… 握ってみるといいさ。残り六つの宝石がどこにあるかそいつに教えてもらおう。 剣を受け取った瞬間、少女の脳裏には異様な感覚が訪れる。 驚きの中、彼女は目を閉じ視覚を遮断する。そうすることによって、脳裏に浮かんだ映像をより鮮明なものにしようとした。 そして、彼女は六つの景色を感じる—— 吹雪の中に咲く花。 舞台の上で輝くアイドル。 火山と雪嶺に囲まれた不思議な都市。 砂漠の辺境にある宇宙センター。 雨林の中で宝石のように青く輝く鍾乳洞。 荒れ果てた島、岸辺にそびえ立つ石像。 ——そして、これらの景色とは関係なく…… ……何の根拠もないが、真の力に目醒めたその剣は、この世で最も鋭き刃になると少女は感じた。 相手が何であろうと、ケーキを切るようにいとも容易く切断する優れた武器だと。 ……いや。 ……根拠がないわけではない。 ……一瞬だけ、無敗の戦士が戦場でどのような気持ちを抱くのか、少女は感じることができた。 それは今の自分が求めていいものではないと、彼女ははっきりと分かる。 神経が引き締まる。 鳥肌が立つ。 冷や汗が止まらない。 …… ……確かに、変わった「景色」が見えました。 それと……隠された……言葉にできないような……巨大な力も感じます。 ……本当にこの剣が目覚めたら、きっとあの「壁」をも簡単に壊せるんでしょう。 でも、この「ドゥリンダナ」を——「神の鍵」と同じレベルの兵器を——一体どうやって入手したんですか? 拾った。 ……はい? 拾ったのさ。 テトゥアンでレイラと出会った時、ちょうど地震が起きたんだよ。 こいつは石と共に崖から落ちてきて——幸運なことに、私はその第一発見者となったのさ。 …… ……まあ、あんたがどう思っているかは分からないけど、「ドゥリンダナ」という名前は私が勝手につけたわけではないよ。 初めてこの七色の装飾が施された剣を手に取った時、ある騎士の少女の姿が見えたんだ。 カロリング帝国の鷲の紋章の下、彼女は十数人の仲間と共に各地を征戦し、邪悪な魔物や魔人と戦った——そして、月にさえも辿り着いた。 それって…… ああ、ある歴史上の人物と一致するんだ。 伝説の騎士、カール大帝配下第一の猛将——ローランドだよ。 唯一、疑問なのは……私の知っている歴史では、ローランドは間違いなく男だった。勇ましく、全身筋肉で出来ているような男。 ……男!? そうだよ、別に驚くようなことでは—— あっ、分かった。あんたたちの歴史では、ローランドは女だった、そうだね? …… はい、彼女は歴史上かなり有名で、崩壊と戦った英雄です——戦乙女ではありませんが、彼女を知らない戦乙女はいません。 でも、「ドゥリンダナ」とローランドに一体何の関係があるんですか?彼女の剣は「デュランダル」のはず—— あっ——! ハハハハッ!気付いたのかい? 念のため、もう一つ聞くけど—— あんたたちの世界のローランドの聖剣「デュランダル」は、伝説の最後では所在不明になっていないかい? ……はい。 彼女が犠牲になった後、「デュランダル」は行方不明になりました。裏切り者が開戦前にこっそり盗んだという説もありますが—— でもそれは—— 船長!漂流者がいますわ!「カレドニア号」の針路上です! ちっ、せっかく盛り上がってきたのに—— ——でも、人の命が優先だ! みんな、また新しい船員が増えるかもしれないぞ!ハハハハッ! さあ、私についてこい!