……。

これから4週間、웰트助手の責任は重大である。スパコン・에이다が解読に掛かりきりとなり、42実験室は「休暇もどき」状態に入る――ということはつまり、博士2人に休暇を如何に楽しく過ごしてもらうか、計画しなければならないのだ。「休暇と言っても、毎日仕事をほったらかしにするということではない」と1人は言ったものの、もう1人の性格から考えれば、それは到底無理な話である。

しかも、ほんの数時間前、自分の馬鹿な行動のせいで怒らせてしまったばかりだ。 壁時計が静かに11時を報せる。ここ一帯の治安の良さは全英でも一番だ。だが、怒ったまま帰ってこない소녀を思うと安心して眠ることもできない。青年は夜が更けていく中、玄関ホールで帰りを待つことにする。 아인슈타인はというと、ルームメイトの遅い帰宅に慣れているのか、1時間前「休み」に部屋へ戻った。 ――とは言うものの、ダストシュートからは、あれこれ物が落ちる音が絶えず、何やら部屋を片付けているようにうかがえる。 7杯目の紅茶を飲み終える頃には、『ライ麦畑でつかまえて』も最後の1ページとなっていた。

注:

『ライ麦畑で捕まえて』(The Catcher in the Rye)、『ライ麦畑の捕手』とも訳されるこの作品はアメリカの作家J.D.サリンジャーが1951年に発表した長編小説。

出版当初、多くの学校や図書館が禁書としたが、今この作品は多くのアメリカの学校で指定図書とされている。「何世代にもわたってアメリカの青年に大きな影響を与えた」とも評されている。

少々愚鈍ながら可愛げのある主人公は、昨年読んだ『ドン・キホーテ』を思い起こさせる。 あっ。 そういえば……。 さっきのあの手紙もかなり奇妙なものだったな……。

Ω:


君がこの手紙を読むころは、もう31日になっているのかな。


ハロウィン楽しんでいるかい?

どこかの主教様がハロウィンをとても重視しているものだから、本部では毎年盛大に飾り付けをしなきゃいけないって聞いたことがある。……そう、同封した写真はこっちの今年の飾り付けだ。

ついでにいうと、今月から나の実験室はおめでたいことに、나一人きりになった――というわけで、見ての通り写真も自撮りするしかないのだ。

最近返事がないが、きっと新たな出会いによって生活が活気に満ちているのかな?大西洋の往復、とても楽しんでいたと聞いている。だが、北米支部の評判は、本部ではずっと芳しくないんだ。もし、両者の間に何か面白くないことがあったのなら、首を突っ込まないことだ。……なかなか溝が深いらしいから。

……くく、나も馬鹿だな。神々の喧嘩が、나たちになんの関係があるというのだ。どうだっていい。ロンドンの天気はどうか知らないが――ウィーンは今日、月がきれいだ。こんな月、滅多に見られない。酒の力も借りて、今日は普段あまり話さないことを話すとしようか。나はただ話すだけ、君はただ聞くだけ、大したことじゃない。

君が読書好きなのは知っている。だが……考えたことあるかい?崩壊との抗争の中で、나たち人類が何度挫折し、悲惨な損失を被ってきたのか。一体何が劣っているが為に、毎度毎度崩壊に先手を奪われ、立ち向かうことに疲弊してしまうのか。

若しくはこう言ったらいいだろうか……なぜ、いつもいつも同じ過ちを繰り返してしまうのか。

歴史を振り返れば、人類は確かに進歩をしている。そして、その流れが妨げられたこともない。でも、나が見てきたのはその流れの先頭に立ち、誰の助けもなく孤独に、傷だらけで、そして時には味方が原因で敗北を喫し、戸惑い苦しむ人たち。彼らは、強靭な精神力を持っていても物質的には脆弱だ。その精神は長い時間をかけて受け継がれ、やっと誰もが認める最高の宝となる。

前に聖女カレンの話をしたことがあったね。でも……その偉大な人格に反して、ごく普通(カスラナの血統は確かに普通ではないが……絶対的定義では他の人たちと違いはない)の소녀の体がどんなに脆く、小さかったか――俗人に死刑を告げられ、崩壊獣なんかに、あんなにも簡単に命を奪われてしまうとは。

そんな道理があるか?


나たちの生きる世界がこんなにもロジックに反し、等価交換の原理を軽視するなんて!

カレンの短い一生の境遇を、나は永遠に忘れたりしない。


나は確信している。人類の最大の敵は崩壊なんかじゃない、나たち自身だ。

――나たちはあまりに脆く、英雄は全ての人を救おうとも救えない。나たちはあまりに脆く、英雄の志を疑ってしまう。나たちはあまりに脆く、目の前の小さな利益の為に本当の正義を顧みない。나たちはあまりに脆く、互いに脅し合っては束の間の平和を得て、「秩序」だの「倫理」だの立派な言葉を並べ卑劣な心を隠す。

聖女……彼女が聖女たる由縁は、本質的には나たちと変わらない脆い存在であるにもかかわらず、彼女は、彼女だけは、나たちと違い、自分の脆さを恐れなかった。その心の奥底から湧き上がる勇気は、나たちにとってまさに太陽の様な存在だ。

少なくとも나は……彼女とは違い、脆く臆病者だ。

나たちは皆、「恐怖」と言う名の原罪を背負って戦々恐々としながら人生の答えを探している。


聖女は나たちを嘲笑うことなどしない。けれど、自分たちがこうやって生きていると意識する度、どうしても自分を叩き殺したくなるんだ。

考えてみてくれ。もし、もしも나たちが、皆この脆さから解放されたとしたら、「自分は脆い」という心の底に深く根差した恐怖を根こそぎ払拭できるとしたら……その時、創造される新たな文化はどんなに寛容で、どんなに自信と活力に満ちていることか!そしたらあの「崩壊」も、きっと나たちの前ではちっぽけな存在だろう?

そんな世界こそ、自分たちの聖女を守ることができる。


そんな世界こそ、聖女によって守られる価値がある。

もしも、もしもカレンがもう一度世界で輝きを放つことができるなら、今度こそ、小さすぎる나たちのせいで苦しむことはない。

久しぶりにワインを飲んだせいか、今日はちょっと酔いが回り過ぎてしまった。この手紙も君からしてみれば、訳の分からない、めちゃくちゃな文章でしかないだろう。……だとしても構わない。これまではずっと組織の一員として話してきたが、今日はごく普通の研究者として独りよがりの愚痴を言わせてもらうよ。

さっき話したような憧れの世界が、本当に訪れるとは思っていない。……それでもいい。そうだとしてもまだ沢山出来ることはある――そうだろう?


今日は少し可笑しな

君の友人フールαより

1955.10.28

壁時計の針は更に60°進み、日付が変わった。 웰트は静かに8杯目の紅茶を注ぐ。 カチャ。 カチャカチャ。 カチャ、カチャカチャ。 ドアの向こう側からようやく、鍵穴を探す酔っ払い特有の音がした。 ん?……あんた、まだ寝てなかったの。 千鳥足に酒気いっぱいの顔――間違いなく酔っぱらっている。 ……ああ。上に行って寝るか? 天パ소녀の言いつけを思い出し、いつも通りに振舞う。 上?……いい、いい! ツインテールに結った髪が解けかけているのも気にせず、赤毛は乱暴に両手を払った。 あんた……ちょっと付き合いなさいよ。 ……お、나? いい、いいから……早く! あ、あん……た以外に、誰がいる?……のよ! 酒によりいささか品格を欠いている「大人」は、そのままバタッと脇のソファーに倒れ込んだ。 ……あんた、聞いたことないでしょ? 聞いたことない? ……何を? ……まどろっこしいわね。あんた、下院議員かなんかなの?聞いたことないもんは聞いたことない、ってそう質問してるの。 ……この私が珍しくまともに話してやろうってんのよ、耳研ぎ澄まして大人しく聞いてなさいよ! 赤毛の酔っ払いはやたらに罵りながら、コートを親の仇かのようにソファーの背もたれに投げた。 ……知ってるでしょう。私の名前はニコラなのよ! これは一応、女の名前でもあるから、使用してるの。 でも、パスポートは……。 ハハハハ、いざ話してみると恥ずかしいものね。 ああ……つまり……。 ……ニコラは偽名? ま、まぁ……そんなところ。 フレデリカ・ニコラ・테슬라……本名はそんなとこかな。 ったく、まるでドイツの雌豚みたい!

注:

테슬라はクロアチア生まれ、オーストリア国籍を持つセルビア人である。中東欧では歴史的理由からこういった背景をもつ人が少なくない。

え……とても、可愛いらしい名前だと思うけど? ……ふん。 酔っぱらいは不満そうに姿勢を変え、足を組んだ―― 男はみんなそう言うのよね。 ニコラなんて男とも女ともつかない名前、本当は「興味」ないんでしょ。 え……えーと、そ、そんなことは。 ああもう「女の子」として扱われる生活なんて、うんざりよ。 酔っぱらいの口調が突然早くなった―― ほんと救いようのない馬鹿ね。性別や人種なんてつまらないもので、人の個性が定義できるとでも思ってんの? 脳みそ、ホルマリン漬けにでもされてんの!?

注:

ホルマリン(Formalin)はホルムアルデヒド約40%とメタノール約15%の混合水溶液。

標本の防腐剤としてよく使われる。

……でも不幸なことに、世界中の大多数の人間は自分で自分を縛りつけて、つまらないレッテルで自分の人生を決めつけてしまってる……。 この「規則」から誰か飛び出そうとすると、関係のない他人がまるで人生を台無しにされたかの如く、根拠なく怒鳴って大騒ぎするのよ。 自分たちの身分が、社会を成り立たせるために造り出された虚構に過ぎないことを忘れてね。 自然界にもともと存在しないものはすべて、人類が作り出した虚構、設定に過ぎないっていうのに。 そう!虚構よ!!虚構!! 天命も虚構、イギリスだって虚構、左側通行だの、トイレは男女別々だの、全部虚構なの! はぁ……。
ふぅ……あんたがガチョウみたいな顔してるから、つい夢中になって話を詰め込みすぎたわ。

注:

フォアグラ(法:foie gras)は有名なフランス料理。ガチョウの肝で作ると思われているが、実際はアヒルの肝を原料とすることもある。

フォアグラ農場ではパイプを使い、餌を直接胃に「無理やり詰め込む」ことでガチョウやアヒルを脂肪肝にさせ、フォアグラを得る。餌の詰め込みは2週間から4週間、1日2~3回、専用の流動飼料をパイプで食道に流し込む。大量に余った栄養が肝臓に蓄積し、最終的には大きくキメの細かい脂肪肝が得られる。

ニコラ・테슬라、人呼んで「お酒で途端にお喋り」になる博士! 赤毛の소녀は身を起こしたかと思うと、青年の前にあった紅茶を我が物顔で飲み出した。 あんたたちはみんな、私のこと博士って呼ぶけど――私、まだ卒業してないのよ。 ……は? そんなに驚くことかしら……? 諸事情で休学したり、退学したりする人だって結構いるでしょ。 でも……ここで研究してるじゃないか? ああ、それはまた別よ。 테슬라は仕方ないといった様子で肩をすくめた。 플랑크教授は理論研究者よ――私の今の研究だと、플랑크教授の下じゃ卒業できないわ。 しかも、ボサ頭の奴……ここ最近は에이다を使った仮想テストしかやらせてくれないんだもん! 1、2回寝室を吹っ飛ばしたくらいで、そこまでする? あ、そうだ。 에이다が誰か知らなかったわよね? ……에이다なら今日会ったよ。 ふ~ん――となると、もうあれの分析は終わったってこと? いや……4週間かかるらしい。まだ結果はわからない。 そう……。 なら、今日は徹夜で遊んでもいいってわけね!ははははは! て、て、徹夜? もちろんよ、馬鹿ね! 4週間よ! 丸々1ヶ月よ、分かってんの!? そんなに長く에이다が使えないなら、長期休暇も同然……違う? ははははは!休みよ、休み!遊び放題の日々が待ってるわ! ……。 何、ぼーっとしてんのよ。お酒持ってきなさい! ちょ、もう……やめとけって。 相当酔ってるだろ……まだ飲むのか!? な~に馬鹿なこと言ってんのよ! ……あんたのほうこそ酔ってんじゃない。はははははは! こうやって、あんたとちゃんと会話できてるじゃない、まだまだ飲めるって証拠よ! 持ってきてくれないってんなら……。 ……自分で取りに行くまでよ。
そうこう言ううちに、ふらふらと테슬라は二階へと上がって行った。 目標は明確だ――二階の廊下の突き当たりにある、あの派手な色の丸い冷蔵庫だろう。 おい……駄目だって! 言葉だけでは테슬라を止められないと悟った青年は、追いかけて彼女の手を掴む。 ……ちょっと、何すんのよっ! 手、放しなさい! まだ飲む気なんだろ。放さないからな。 青年はまた一歩前に進み、테슬라のもう片方の手を掴んだ。 はぁ?またとない休みなんだから、どう楽しもうと私の勝手でしょ? 1、2杯でつべこべ言うなんて、ケチね! 酔っ払いの소녀は不満顔を見せながら――麺を湯切りするかの如く両手を振り動かし、웰트の手から逃れようとする。 この!このっ! 変態!痴漢っ! 放しなさいったら! ……。 もう放して!放してったら、放して――! ……もっと自分の身体を労われよ。 参ったと言わんばかりの表情を浮かべる青年――両手を掴まれた赤毛の소녀は、まるでおもちゃ売り場でゴネるよう地べたに寝ころんで駄々をこねだした子供のようだった。 ……意地でも放さないつもりね。 言うことを聞かない限り……나は放さないぞ。 ……。 もう相当酔ってんだろ、部屋に戻って寝ろよ。 なんでよ!見ての通り平気よ!全然、酔ってないわ! ……それ、酔っ払いの常套句だろ。 酔ってないったら酔ってないの! 테슬라はぺたりと地べたに座り込むと――今度は何か思いついたかのように跳び上がる。 わかったわ。もう飲まない。 ……騙されないぞ。 騙してないわよ! 酒の匂いをプンプンさせながら、小悪魔的な笑みを浮かべる。 ただし、その代わり……。 ……ちょっと付き合いなさいよ。 ……。 付き合ってくれるなら、飲まないわ。 ……。 ほんとよ、ほんと!嘘じゃないって。 ……。 ……わかった。 青年は嫌な予感を覚えつつも頷く―― で、何するつもりだ?もう夜中だけど? ははは、夜中だからこその楽しみ方があるんじゃない。 は? な、なんだよ急に、変なこと言うな! は、犯罪者になる気はないぞ、나は! くくっ、恥ずかしがっちゃって。 ど、どこがだ! 恥ずかしがってなんかない! へへへへ、照れてる照れてる! ほら、웰트!男なら、来てみなさいよ―― バンッ! 背後から飛んできた辞書が、かしましい娘の後頭部に直撃する。 夜中だっていうのにうるさい! 二人ともさっさと寝ろ!今すぐ! ……。 …………。 ………………。 웰트……ぴくりとも動かないけど、これ大丈夫か?