リタ、ビアンカとの初対面はどうだった? ……独特な方だと思います。 続けて。 私の直感ですが……年は若いけれど、過去を大事にする方のように思えます。 何といいますか、何かを決めたら、考え方ややり方を貫き通す方かと。 世の中には、口ではそう言っているものの…… ……その実、ころころと意見を変える人が大勢います。 そういう意味では、正しく育てれば、ビアンカ様は天命を支える力になれると思います。 ……だがここにいるオットーさんは、戦乙女を良く育てられる人物ではないぞ? 御冗談を。 いいや、冗談ではないさ。 天命という組織は、中堅の成長に良い環境とは言えない。……全部、僕の一存で決まるからね。 これはこれでメリットがあるから、変えようとは思わないが。 ——それでも、将来彼女を守る戦士を作ってやりたい。どうかね? 私のこと……ですか? 君が現時点でただひとり、それができる人間だ。……能力の面からも、身分の面からも。 いずれビアンカは、彼女の先輩たちと同じように、主教という人物が彼女の知っているようなものではないと——むしろ、正反対であると気付くだろう。 その時が来たら、彼女が十分に冷静でいられるか……それは君に任せた、リタ・ロスヴァイセ。 はじめは、主教様の意図がよくわからなかった。 何から何まで異なる人物の資料を見せられた。 エレノア、オットーヴェラ、リアーナ、テレサ。 S級戦乙女の称号を拒否して本部を去ったもの。 過激な実験で崩壊獣になり、仲間に殺されたもの。 天命を裏切り、死後に記録を抹消されたもの。 残った一人は……戦乙女ですらない。 天命に身を置く限り……世界を救えるほど成長してしまうと、必ずと言っていいほど組織と何かしら対立をしてしまうようだ。 なら、主教様が真に私に求めているのは、何なのだろう…… うっ……ラグナ先生…… (……寝言?) 私は……色んなところで……彼女たちとは違います…… それは別にいいのですけれど…… 私のことを羨む人や、妬む人が、私の真似をし始めています…… 無理をしているのは、私にもわかる…… 辛くて……要領を得なくて…… (……) 先生……リタも強いです……どうやったらあんな風になれるのでしょう? (!) …… そうですか、なるほど。 強者の日常が……弱者のロマン……か。 喜びも、苦しみも……ロマン…… ……でも、その「ロマン」に届かない人もいるでしょ?どうするのでしょうか? …… そうですね。 その通りだと思います……ロマンがない人は、戦乙女であり続けることはできない…… …… え? いつか……彼女たちなりの方法で……私を守る……ですか? (……) リタさん、どう……だろうか? もう大丈夫です。ぐっすり眠っています。寝言も言っていました。 幸村様こそ……ずっと寝ていないのでしょう?「星語者」の体が丈夫とは言っても、元に戻ったばかりですし。 神州の諺には、「滴水の恩を受くる人、必ずや湧泉であい報ゆるべし」というものがある。それどころか、命の恩人だからな。 それに、リタさんも——休んでいないのだろう? 私はビアンカ様の副官です。これも仕事のうちです。 幸村様のお気持ちもよくわかりますが……どうかご自愛ください。 あと数時間すれば、ビアンカ様も回復されるでしょう。それまで休んでおくのでしたら、睡眠薬もご用意できますが。 …… では、お言葉に甘えて。 ラグナ先輩が言ってた、メイドは無敵だと。 ——はじめは冗談か、個人の趣味の話だと思っていた。 でも今なら、その言葉の本当の意味を、少しだけわかった気がする。 メイドになったから無敵なのではなく、万全の状態でなければ、メイドにはなれない、ということなのだろう。 ——「母は強し」と同じように。 四時間の睡眠時間をとる、充分な体質でなければこの役は厳しかっただろう。 ……何故か、戦乙女のプロファイルの中に挟まれていた一枚の本のページを思い出した。 小説の本から丁寧に切り離されたものだった—— 「とにかくね、僕にはね、広いライ麦の畑やなんかがあってさ、そこで小さな子供たちが、みんなでなんかのゲームをしているとこが目に見えるんだよ。」 「何千っていう子供たちがいるんだ。そしてあたりには誰もいない――誰もって大人はだよ――僕のほかにはね。」 「で、僕はあぶない崖のふちに立ってるんだ。僕のやる仕事はね、誰でも崖から転がり落ちそうになったら、その子をつかまえることなんだ――」 「つまり、子供たちは走ってるときにどこを通ってるかなんて見やしないだろう。そんなときに僕は、どっかから、さっととび出して行って、その子をつかまえてやらなきゃならないんだ。」 「一日じゅう、それだけをやればいいんだな。」 「ライ麦畑のつかまえ役、そういったものに僕はなりたいんだよ。」

注釈:

『ライ麦畑でつかまえて』(The Catcher in the Rye)、『ライ麦畑の捕手』と訳されたものもある。アメリカの作家J・D・サリンジャーが1951年に発表した長編小説。

出版当時は、学校や図書館で禁書とされていた。「数世代に渡ってアメリカの青年たちに影響を与えた」と言われている。

——そのページの持ち主が、天命を裏切った。 未来で、私は彼女が歩んだものとはまったく違う道を行くのだろう。 ……でも、その気持はわからなくもない。 彼女は裏切り者だが、強者でもある。 もし、彼女がこの時まで生きていたら—— ビアンカも、ここまで孤独にはならなかったのだろう。 ……いや、あの子にとって、孤独は寂しさではない。 彼女が必要なのは、誰かと比較されて得る強さではなく—— ——自分が「強くなっている」という事実だ。 彼女はそういう人間だ。 ……
長い夢を見たようだ。 砕けて、混沌としていて、走馬灯のようで……でも細部までは思い出せない。 陽の光が舷窓から差し込んでいる。ここは恐らく医務室で、船員たちも昼休み中なのだろう。 どうやら、あの試みが成功したようだ。だから今、のんびりと引き返しているのだろう。 何かおかしいところがあるとすれば…… それは奇跡のようで—— 目が覚めた時、布団がちゃんと体を覆っていた。 ……あれ? ベッドから起き上がった瞬間、その小さな「奇跡」の理由がわかった。 ……彼女が、ベッドの端で寝ている。 無防備に、知っているようで、知らない顔で。 …… 最初は、正直に言うと頭のおかしい人だと思っていた。 オットーが何を企んでいるのかわからない。重要な任務に、真面目とは程遠い副官をつけてくるなんて。 でも段々と、この人にも矜持があるとわかった。任務よりも、「ビアンカ」という人間を大切にしているようだ。 副官とはそういうものなのかもしれないが…… でも彼女は私を救って、みんなを救った。それが私にだけ知らされていない予備の計画だったとしても。 …… あれ、何でこんなことを考えているんだろう。 彼女にとっては全て仕事なのだろうか? 彼女自身のことや、追い求めているものなんて、知らなくてもいいのに…… でも—— おじゃまし—— (しーー) (もう少し寝かせてあげてください。) (外に出ましょう。) よかった、気がついたのね! 具合が悪いところはない? 私たちのこと、わかるよね? えっと…… 具合は……すこぶる元気? それより、あの武士はどうなりましたか?大丈夫ですか? 心配いらないわ。今は睡眠薬を飲んで休んでる。 あなたのことをずっと心配していたのよ、昨夜はこの部屋の外で夜通し待機していたんだって——あと、あなたのために海水で「水垢離(みずごり)」しようとしてたわ。 ……何ですか、それ? 古代極東のお祈りの儀式なんだって。服を脱いで、冷水を浴びて、神様にお祈りする。 まあ、星語者は風邪を引かないから、彼女の心配はいらないわよ。 ふふ。……船長は? ブリッジにいるわ。会いに行くの? はい。例の議長の提案なんですけど……この世界のために、やってみたいんです。 ……もうちょっと考えた方がいいんじゃない?実行者には命の危険があるんでしょう? ねえ、本当に寝ぼけてないわよね? ……もちろんです。 忘れたんですか?私とリタは「ゲニウス」を持っています。 二つの世界が近づいている間は、いつどこからでも元の世界に戻れるんです。 私たちよりリスクを負うにふさわしい人間が、他にいると思いますか? それに先の一件からでも、私の崩壊エネルギー耐性が問題ないってわかったでしょう? あなた……まさかそれを証明するために…… ……? あ、いえ、私の考えすぎだったわ。 (そこまで計算していたら、ビアンカじゃないものね……ふふ。) やあ、来たね。 ハハ、今の登ってくる音を聞いてすぐわかったよ。 船長は、ここで景色を見ていたんですか? そうだけど? ……あんたは?議長の計画に参加することを言いにきたのかな? え?な、何でわかったんです? まあ、伊達にあんたより二十年も歳食ってないからね。 さっきまでずっと——大図書館にある一冊の本を思い出していたんだ。 出だしはこうだ—— 「彼は老いていた。小さな船でメキシコ湾流に漕ぎ出し、独りで漁をしていた。一匹も釣れない日が、既に八四日も続いていた。」 ……「打ち砕かれることはあっても、負けることはないんだ」

注釈:

『老人と海』(The Old Man and the Sea)、ヘミングウェイ(Ernest Miller Hemingway)生前最後の刊行作品であり、自身が「生涯最高」と評した作品である。

p.s.

「象徴主義は学者たちの戯言だ。象徴主義のものなんてないのだ。海は海、老人は老人、子供は子供、魚は魚、サメはサメ。良いサメも悪いサメもない。象徴主義なんて馬鹿げている。」

「私は本物の老人、本物の男の子、本物の海、本物の魚と本物のサメを書こうとしたんだ。私の書くものが本物に近ければ近いほど、あれらは様々なことを象徴できるだろう。」

ハハハ、さすが「未来」から来た人間、よく知っているね。 でも、本当に「魚を捕る」ことを経験していなければ、その人にとって、この評価もただの自己欺瞞のための口実でしかない。 若い人間ほど「失敗を恐れぬ」と叫ぶが、若い人間ほど中途半端に投げ出すものだ。 ——だからあんたは特別なんだ。誰もがあんたのように明確な目標を持っていれば、世界はもっと効率的だっただろう。 …… でも、「根性なし」もその人の自由、でしょう? どうしたら色んなことに手を出せるのかは知らないですが、それも楽しい生き方の一つです。 「一人の女が海を眺めていると、ビールの空き缶やカマスの死骸が浮かぶ水面に、巨大な尾びれのついた長く白い背骨が揺られているのが見えた。」 「入り江の外側では、東風が大きな波を立てている。」 「『あれは何?』女は給仕に問いかけ、巨大な魚の長い背骨を指差した。それはもはや、潮に流されるのを待つばかりの屑に過ぎなかった。」 「『ティブロンが』給仕はそう言ってから、訛った英語で言い直した。『サメが…』彼は事情を説明しようとしたのだった。」 「『知らなかった。サメの尻尾があんなに立派で、綺麗な形だなんて』」 「『俺もだよ』連れの男が言った。」 一つのことに集中できない人には魚は見えないんだ。彼らに見えるのは皿の中の肉と、ゴミのような残骸。 そいつらが生まれた時からこういう運命だったとして、あんたはそれでいいのかい? いいんじゃないです? だって、世界中の人間が皆漁師というわけではないでしょう? 漁師という職業の存在意義は、皆の皿に良い魚肉を載せて、その人たちに残骸や標本や録画を見せて、大きな魚を想像させることじゃありませんか? ハハハ、でもそれは本当の「魚」ではない。そいつらは本物を見たことがないんだ。 ……それは仕方がないと思います。人間には限界がありますから。 それに、一つの目標を追い求めている時、他の関係のないものは見逃してしまうものでしょう? 険しい道の先に美しい風景が待っていると言いますが…… 誰だって、自分にあった道を行くしかないのでしょうか? …… ハハハハ、その通りだ。 ただ、自分が出来ないことをやろうとする自惚れた人間も度々現れる。 時にはまぐれで成功するが、ほとんどは予想通りの大失敗だ。 ……それでも、彼らはあの漁師のように、本物の、生きて動く魚を見たのではありませんか? ハハハハ、なるほど! 私が自分を卑下していたんだな。確かに、成功か失敗かなんて一概に言えないものだ。 私も、自分の過去を尊重しなければいけないな。 ……え?船長の過去?世界的な劇作家の? ……ああ、そっちじゃないよ。 近いうちに、話す機会が来るだろう。 ……? 気にするな。今は、とりあえず…… ……「老人がライオンの夢を見る」とでも思っておいてくれ。
翌朝——エジプト、アレクサンドリア港、衛星管制センター。 ……よし、準備万端。 本当にやるのか? もちろん。「館長」の使命がここで終わるなら、問題ばかりを引き継がせるわけにはいかないでしょ? ……これも私からできるせめてもの償いね。 自分に厳しいのう、館長は。 …… ……でも、逆に、僕たちが助けになれることもあるよね? そうだ。世界を救う行動らしいしな。 手伝わせてもらうっすよ? ふふ、もちろん。むしろ、助けてほしいわ。 ただ、証拠は残さないようにしてちょうだい。表向き、あなたたちは皆私の貴重な「人質」なのだから。 ——さて、一世一代の大博打よ!