七年前—— 副部長、皆に今の状況を説明してやれ。 はい。 本日明け方、ラパヌイ島で崩壊エネルギーの異常収束を観測しました。 同時に、我々のいるアンカー中心部において、崩壊エネルギーの異常な枯渇も発生——非常にレアな「アンカー毛細管閉塞」現象と思われます。 …… YUKI(幸)、どう思う? ラパヌイ島は廃棄されたリゾート地だ。崩壊エネルギーが集まったところで、人的被害は起きにくいだろう。 しかし、アンカー中心に崩壊エネルギーの枯渇が観測されたなら、島とアンカーを繋ぐ毛細通路が存在している可能性が高い。 放置することで島に蓄積された崩壊エネルギーが「決壊」すれば、アンカーに壊滅的な被害をもたらすかもしれない。 最悪の場合、津波のように崩壊エネルギーが押し寄せることになるだろう——もちろん、今から数時間のうちに起きるほど切迫してるわけではないが。 ……では、真田参謀長の提案通り、この件の対処に300人のチームを派遣することで宜しいでしょうか。 300人?多すぎぬか? カルデラ港から汽船で移動するとなると、ラパヌイ島まで早くて5日はかかります。 今日3人で解決できる崩壊エネルギー収束問題は、5日後には30人が必要となり、10日後には300人が必要になる——そうでしょう? 部隊編成と移動にかかる時間や、悪天候による影響を考えると、300人規模が妥当かと思います。 ……このミッション、予想外の困難に見舞われるかもしれません。 それについて——この一件の隊長は某にやらせてもらえないだろうか。 ……何故? そなたはアンカーの防衛システムの設計者の一人だ。そなたに危険が及ぶことは容認できぬな。 防御システムの構造と性能を熟知しているからこそ、臨機応変に正しい対策を取ることができる。 それに、誰もアンカーの毛細管閉塞なんて経験したことがない——被害を抑えるためにも、アンカーに詳しく、戦場に慣れているエンジニアの星語者を派遣すべきだ。 ……それに、日頃お世話になっている分のお返しをするには良い機会だろう。 …… 念のため、司令官、あるものを借りてきてほしい。 ……? 真田は装備部から当時我々が唯一所持していた「繁栄の結晶」を借りてきた——今思えば、最初から最悪の結果を想定していたんだろうな。 ……彼女は何故こうなったんですか? わからん。当時、ここの崩壊エネルギー濃度は今より遥かに濃かった。 こいつが何をしたのかは知らない。気付いた時には、崩壊エネルギーの濃度が大幅に下がり、アンカーとの間の毛細管も繋がっていた。 そして、こいつはそこから動けなくなった——その時には既に体の大半が結晶化していたよ。 「繁栄の結晶」から供給される生命力がなければ、死ぬほかなかっただろう。 ……凍雨を見たことあるか?木をまるごと凍り付かせることがあるものなんだが。 こいつの体内に侵入した崩壊エネルギーが結晶化していくのを見てると、アタシはその凍雨を思い出す。 星語者の体は崩壊エネルギーの入れ物のようなものらしい。 結晶化した崩壊エネルギーは散逸しにくく、珪藻土ダイナマイトのニトログリセリンのように安定している。

注釈:

ニトログリセリン(Nitroglycerin、C3H5(ONO2)3)、爆薬の一種。1847年、トリノ大学の化学者ソブレロ(Ascanio Sobrero)によって発見された。

高純度のニトログリセリンは爆発力が凄まじいが、わずかな振動で爆発することもあるため、実際の運用には不向きとされていた。その後、ソブレロの教え子であるノーベルが1866年に珪藻土でニトログリセリンを安全化させたダイナマイト(Dynamite)を発明した。

じゃあ、彼女をずっとここに放置していたんですか? 他に何ができる?全身が結晶化し、植物人間と大差ないが生きてるんだ。 何かの衝撃で砕けたら、手の施しようがないだろ? …… もう七年も経っているし……そんなの今さらだがな—— アンタたちと、そしてこの国も世界も——こいつの体内にある結晶が必要なんだろう? そうですけど…… 戦乙女が言い終わるのを待たずに、原住民の衣装をまとった画家はスタスタと結晶化した武士の前まで歩いていった。 そして、手に持った棒を大きく振りかぶる。 ちょ、ちょっと!!何するつもりですか!? 画家は何の反応も示さない。 まるで聞こえていないかのように、全力で棒を振り下ろした。
やめてください! 正気ですか!? その人、生きているんでしょ!? ちっ。 わからないな。 ……は? この結晶のために来たんだろう? 今、結晶がこいつの体内にあるなら、壊して取り出すほかないだろう? 違います!! 違うって言うなら、別の方法があるんだろうな!? …… ないならどけ!! ……待つなのです。 ……? な、何か方法があるんですよね、シュレーディンガー博士! あるにはありますが……それなりの対価を払う必要があるなのです。 この人を殺さなくて済むなら、何でも良いです! ……ちょっと落ち着くなのです。 崩壊エネルギーを操り、活性化させれば、この星語者の体から引き剥がすことは可能なのです。 ——支配の結晶を手に入れた今、理論上は可能なのです。 ……じゃあ、今すぐやりましょう。 ただ引き剥がした崩壊エネルギーが消えるわけではないのです。活性化させた場合、全員の身の安全を守るためには、無闇にエネルギーを放出させるわけにはいかないのです。 まさか…… そうなのです。「デュランダル」の性能の限界を考えると、そのエネルギーを誰かの体内に移すしかないなのです。 その人の崩壊エネルギー耐性が「星語者」である真田幸村よりも低かったら——彼女の努力がすべて水の泡になるなのです。 私では無理なのです。ですが、戦乙女ならあるいは……。あなたたちの崩壊エネルギー耐性がいかほどなのか、あなたたち自身が一番わかっているはずなのです。 …… ………… ……………… シュレーディンガー博士、私なら大丈夫だと思います。 ……衝動的に言ってるわけじゃないですね、ビアンカさん。 もちろん。 昔、医者に言われたことがあるんです—— 「ビアンカ、君の崩壊エネルギー耐性は崩壊エネルギーに晒される度に強くなる」 「もしいつか戦乙女の道を選ぶことがあったら、これだけは覚えておいてほしい」 「君を殺せないものは、すべて君を強くする」 私を信じてください、博士。これくらいの崩壊エネルギーに私は殺されない。 …… ビアンカ様…… 大丈夫です、リタ。 アーグラ城塞でこのレベルの崩壊エネルギー放射を受けたことがあります、一晩中。 その時は、一週間の昏睡状態になってしまいましたけど…… 今度は、そんなことにはならない。 行きますよ、デュラ。 少女は大剣を砂のような地面に深く突き刺した。 武士の体にある崩壊エネルギー結晶が徐々に溶けて消えると、次の瞬間、少女のまわりでそれが激しく波打つ。 少女の意志は揺るがない。 戦乙女とは、生まれ持った才能であれ、後天的に改造されたものであれ——崩壊エネルギーに耐え、操るために選ばれた戦士だ。 血が沸騰し、意識が薄れていく中—— ビアンカ・アタジナは「デュランダル」を手に、その肉体で崩壊の津波を消化していた。 その津波の果てで…… 久遠の記憶が、夢のように現実へ入り込んでくる。 おはよう。 お、おはようございます。 どうだい?病院生活は慣れたかな? ……入院ってこんなものでしょ。慣れとかそういうのじゃないと思います。 あ、そうでした。名前と苗字を決めたんです、その紙に書いてあります。 「ビアンカ・アタジナ」…… おめでとう、今日からこれが君の名前だ。 ……先生、朝っぱらからこんなところへ来るなんて、何か検査でもあるんですか? ああ、ないない、君の様子を見に来ただけだ。 ……よほど暇みたいですね。外科医って過労死するような仕事じゃないんですか? ふふ、それはたぶんこの病院の担当科の分類が細かいからじゃないかな? 小児脳外科——僕の患者が少ないのも頷けるだろう? ……医者のことはよくわかりません。 それより——私はいつベッドから降りられるんですか? もうどこも悪くないと思うんですけど。 ……まあ、そろそろだね。 今日は僕と散歩しようか。問題がなければ、明日から自由に行動していいよ。 本当に? 本当さ。 はい。「毎日りんごを食べれば、医者にかからなくて済む」って言うだろう? このりんごを食べたら出かけよう。 この地域は遥か昔、「コルキス」と呼ばれていた。そう、神話の「アルゴー船」の目的地、メーデイア王女の手助けでイアーソーンが金羊毛を盗み取ったあの場所だ。

注釈:

コルキス(Κολχίς)、コーカサス地方の黒海沿岸(今のロシア、グルジア、トルコに属している)にある。一般的に古代グルジア文化の起源と言われている。

……? おや、知らないかい。 簡単に話すと、魔法使いのお姫様が遠くからやってきた船長の王子様に恋をし、自分の国のお宝である「金羊毛」を盗む手助けをするんだ。そして、王子様とお姫様は船の上で夫婦になった—— ——物語はそこからはじまる。 「アルゴー船」で王子の国へと帰る途中、お姫様の弟が国宝を奪い返すため追ってきた。 お姫様は王子様のために、何の迷いもなく実の弟を殺す。 王子様は金羊毛を持って故郷へ帰り着いたが、「成功したら王位を返還する」と言った簒奪者は約束を反故にした。 お姫様は簒奪者を得意の魔法で騙し、偽りの「若返りの魔法の鍋」へと入れて煮えたぎる熱湯で殺した。 お姫様は王子様のために頑張った、だが王子様はそれが恐ろしくなり彼女から離れていく。 王子様の目には、お姫様の手は血に染まり、人殺しの鬼に見えたのだ。 王子様は自分の冒険が成功するとは思っていなかった——お姫様がなりふり構わず目的を遂げてくれた時、王子様の心には驚愕だけでなく、恐怖と嫌悪感があった。 だが、お姫様は間違っていたのだろうか。 愛情という名の毒が彼女の魂を浸蝕した。彼女はすべてを投げうってまで、愛する人を支えようとした—— ——それが、自分の手を汚すことになっても、世界を敵に回すことになっても。 愛情が彼女の魂を奪った時から、彼女の人生は悲劇に陥ることが決まっていた。 ……一生、好きな人に片思いする可哀相な人に比べたら、彼女は幸せな経験をしただろう。 だけど、その幸せの象徴である彼女と王子様の間にできた二人の子供を彼女はその手で殺めた。 …… 神話って怖いですね。なんでそんな話を聞かせてくれたんですか? 君がいつか、現実で同じようなことを目の当たりにするかもしれないからだ。 その時が来たら…… ……お姫様を同情しないでほしい。 彼女は既に血みどろの沼の中だ——引き返そうとしても、明るい道などないのだ。 もしかして、先生のまわりにそんな人がいるってこと? おっと、本当にそうだったら怖いじゃないか。 ……ビアンカ。 世界には色んな人間が、色んな原因で、色んな悪事を働くだろう。 でも一つだけ信じてほしい——良い人は、悪い人より少しばかり多いのだ。 だって、そうでなければ……人類なんて数百、数千、数万年前に自分たちを滅ぼしていたはずだ。 …… 金髪の医師は海を振り返る。 そして、少女には難しい詩を口ずさんだ。 「そこは墳墓の島、沈黙の島。私の青春をそこに埋めた。私は生命のリースを持ってその島へ行く」 「そうと決めたら、船に乗って海を渡る」 「あなたは私にとって、すべての墓を壊す者。墓のあるところにだけ、復活はある」