From 5efcb3ddde8248892462cb5ed38a4ee04e51b277 Mon Sep 17 00:00:00 2001 From: Sakura Knoll Date: Sun, 13 Aug 2023 09:18:27 +0900 Subject: [PATCH] Format --- .../duriduri/ko-KR/xmlDurandal/ch30.xml | 2656 ++++++++--------- .../duriduri/ko-KR/xmlDurandal/ch31.xml | 1450 ++++----- 2 files changed, 2053 insertions(+), 2053 deletions(-) diff --git a/public/novels/duriduri/ko-KR/xmlDurandal/ch30.xml b/public/novels/duriduri/ko-KR/xmlDurandal/ch30.xml index 728fae5c..51ad14b2 100644 --- a/public/novels/duriduri/ko-KR/xmlDurandal/ch30.xml +++ b/public/novels/duriduri/ko-KR/xmlDurandal/ch30.xml @@ -1,1330 +1,1330 @@ - - - - - - - - - 地中深く、少女はバラバラな夢を見る。 - 夢と夢の狭間、無常な詩篇が谷の合間に散りばめられている。 - - - - - - -

The flower that smiles today

-

(今日微笑む花も)

-
-

Tomorrow dies;

-

(明日には散る)

-
- -

All that we wish to stay,

-

(私たちが残したいものは皆)

-
-

Tempts and then flies.

-

(気を惹いては、消えてなくなる)

-
- -

What is this world's delight? Lightning that mocks the night,

-

(この世の喜びとは?それは夜をあざける稲妻)

-
-

Brief even as bright.

-

(明るく瞬く)

-
- -
- - - - -

Virtue, how frail it is!

-

(美徳はなんて脆いのだろう!)

-
-

Friendship how rare!

-

(友情はなんて稀有なのだろう!)

-
- -

Love, how it sells poor bliss

-

(愛は、可哀想な幸福を裏切る)

-
-

For proud despair!

-

(ただ虚栄な絶望のために!)

-
- -

But we, though soon they fall, Survive their joy and all

-

(それでも生きていく、喜びが一瞬にして消え去ろうと)

-
-

Which ours we call.

-

(「私たちの」すべてが消え去ろうと)

-
- -
- - - - -

Whilst skies are blue and bright,

-

(空が青く輝く)

-
-

Whilst flowers are gay,

-

(花は咲き誇り)

-
- -

Whilst eyes that change ere night

-

(瞳が夜に色を失う前に)

-
-

Make glad the day,

-

(明るく楽しい間に)

-
- -

Whilst yet the calm hours creep, Dream thou – and from thy sleep

-

(平穏な時が緩やかに流れる間に、良い夢を)

-
-

Then wake to weep.

-

(泣くのは、再び目を覚ます時でいい)

-
- -
- - - 暁の泡沫のように、夢が消えていく。 - 少女は清々しい空気が肺に入ってくるのを感じた。 - 瞼が重く、四肢も覚醒していないようだ。 - 眠気と戦いながら、言うことのきかない体で3分ほどもがいた。……あるいは30分だったかもしれない。 - - - - - - あ…… - 動かないでください、ビアンカ様。 - - あなたは3時間45分ほど気を失っていました。これが最後の注射になります。 - 終わるまで、横になったままでお願いいたします。 - うっ……出発前に、主教が持たせた薬ですね…… - 確か……濃度を極限まで薄めた聖血…… - ……お静かに。今から静脈注射をしますので、体を楽にしてください。 - あ……ごめんなさい。 - じゃあ……一つだけ聞かせてくれますか…… - 世界の泡を切り離す作戦は……成功したんですか? - ……世界の泡を切り離すこと自体は大成功でした。ただ…… - 別の問題が発生しており、私たちの力が必要かもしれません。だから、今は治療に専念してください。 - 大丈夫です、すぐに終わります。 - - - - - - ……すごい薬ですね。倒れる前より元気になった気がします。 - - それで、状況はどうなっているんですか?それと……ここはどこです? - - - ここは地中深く、「要塞指揮所」の医務室です。私たちは今、「アンカー」に最も近い場所にいます。 - - ビアンカ様が参加された世界の泡を切り離す「パチャクテク行動」は終了しました。議長の集計によりますと、少なくとも378人が作戦中に死亡もしくは行方不明になっています。 - - ……その中に、「カレドニア号」の航海士「ジャンナ・フランソワ・シャンポリオン」様も含まれております。 - - - ……何ですって? - - そんな……何で彼女が…… - - - 「シャンポリオン」は偽名で、シュレーディンガー博士によりますと、彼女は集合体「ナポレオン」の情報の欠片から生まれた「星語者」だったのです。 - - - ……は? - - - ざっくり言いますと、彼女がこの世界に存在するもうひとりのナポレオンです。しかも、性格は私たちが歴史の授業で学んだナポレオンに近い方です。 - - 世界の泡が切り離された後、ヨーロッパの欠片に残存していた崩壊獣がナポレオンの意志を基に集合体となりました。あの島で最も重要なアンカートンネルを占領し、こちらの道を断ったのです。 - - 島にいる三千人以上の兵士を全滅させないために、「シャンポリオン」は「ナポレオン」と心中することを選びました。アンカーを使って自身を特攻武器とし、崩壊獣集合体の中の「ナポレオン」を打ち消しました。 - - その犠牲によって、残った二千人余り、重傷のドラクレスト将軍、真田幸村将軍、そしてカラヴァッジオ様も助かりました。 - - ……そして、私がゲニウスを起動し、ビアンカ様を元の世界に連れ戻さなければならない事態も避けられました。 - - - …… - - - ただ、崩壊獣集合体は消えましたが、その崩壊エネルギーが完全に消滅したわけではありません。 - - あれが消えた場所の近くに、巨大な結晶体が発生しています。 - - そのため、シュレーディンガー博士、時雨綺羅様、ローランド様はまだ島で監視を続けています。 - - ……これが先ほど申し上げた、私たちの力が必要となるかもしれない問題です。 - - - ……どうするんですか? - - - 崩壊エネルギー攻撃で結晶体の安定性を試します。 - - 安定している場合、地中に埋めるにしても、宇宙に打ち上げるにしても、悪くない選択肢だと思います。 - - - ……もしその結晶体が脆く、エネルギーを放出しやすかったら? - - - すべて誘爆します。 - - - じゃあ、その方法は? - - - ふふん、そこはもちろんワタシの出番っしょ。 - - - もしかして……デュラ? - - - そのとおりっしょ! - 「カレドニア号」でただ一人の機械種族、マッテーオ・マリーア・ボイアルド・ルードヴィッヒオ・アリオスト十二世! - あ、この名前は適当につけたものだから、あまり気にせずに。 - - とにかく、これが完全復活したワタシの人形形態。前よりかっこよくなったっしょ? - - - ……そ、そうですね。 - - - 主より35分28秒早く目覚めたから、結晶体を浄化するプログラムも設定済みっしょ。 - - 善は急げ、今から出発するっしょ? - - - - - - おや、体はもう良いのかい? - - - 船長!おじいさん!無事だったんですね! - - - ああ、わしらは守られたんじゃ……犠牲になった英雄たちのおかげじゃよ。 - - ……それで、今から「聖剣」を携えて戦場に戻るのかい? - - - はい。デュラが崩壊エネルギーをなんとかできるって。 - - - そうか、頑張ってくれ。それがあんたたちにしかできない最良なんだろう。 - - …… - - 東方の哲学にこんな考え方がある。誰もが「宿命」を背負い、この世に生まれてきたのじゃと。 - - 預言者の言う「宿命」と違い、誰もが背負っている「宿命」は、多くは人生の中に埋もれておる。 - - 真の智慧と勇気を持つ者のみが、ただ一度きりの人生の中で自身の「宿命」に気付くことができるんじゃ。 - - そしてそれを駆使し、人々から「奇跡」や「不可能」と呼ばれるようなものを創造していくのだと。 - - 時に、「奇跡」は重い代償と引き替えなければならないかもしれない。 - - 時に、「宿命」は悲しい方法によって実現するかもしれない。 - - それでも、それらは世界に選ばれた歴史であり、無数の可能性の中から現実になった我々の「運命」じゃ。 - - 子供たちよ…… - - どんな哲学だろうとも、運命を「変える」ことは「祈る」ことや「呪う」ことより重要で、有意義じゃ。 - - 時間は巻き戻せない。世界は繰り返せない。悲しみの理由を訴えるより、できることを数えよ。 - - お主たちの旅はまだこれからじゃ。これから先、いくつもの世界、いくつもの試練が待ち受けているかもしれない。 - - 精一杯やり抜くんじゃ。故人への最高の手向けは、彼らが切り拓いた道を進むことなのじゃから。 - - - ……はい! - - ありがとうございます、セルバンテス様。 - - - - - - 既に一回来たことありますけど……やっぱり、この「アンカー」を守る中央要塞は大きいですね。 - - - ああ、よかった、間に合った! - - - ……ローランドさん?崩壊エネルギー結晶のところから戻って来たんですか? - - ローランド様、もしかして何かトラブルでも? - - - あ、いや、「トラブル」というほどのものではない。 - - シュレーディンガー博士が結晶体の崩壊エネルギーに異常な波動を観測したんだ。だから私が戻り、議長に報告して対策を検討することになったんだよ。 - - 作戦後、世界自体がまだ不安定な状態だから、島との通信も復旧していない。こうして誰かが伝令に走る必要がある。 - - ……あ、今から北海へ行くのか? - - - もちろん、そのつもりです。 - - - よかった。ビアンカさんがいれば、時雨綺羅さんも…… - - あ、いや、私の考えすぎだな。 - - - ……? - - - 実は結晶体の調査で、「やけど」をしたんだ。崩壊エネルギーに侵食された形跡が腕と目にあった。 - - 本人は大丈夫と言っていたが…… - - - …… - - そんな…… - - ローランドさん、議長への報告をお願いします。私とリタはこのまま時雨綺羅さんのところへ行きます。 - - - 事態は深刻なのだな? - - ……では議長に報告した後、手の空いている者を増援として遣わそう、問題ないだろうか? - - - ええ、お願いします! - - - - - 東方には「赤地千里」という、干害を表す言葉がある。 - 今、北海の小島は、世界の泡を切り離した作戦によって混乱に陥り、煉獄と化していた。 - まさにその言葉通り、ドロドロと流れる溶岩が辺りに広がっている。 - - …… - あ、あれは…… - - - - - - しっかり!時雨綺羅さん!崩壊に意識を飲まれないでください! - - - - - - 落ち着いて!ビアンカ! - 私は崩壊に侵食なんてされてないから! - 綺羅さん! - 見るからに侵食されてるじゃないですか。まさか、自分じゃわからないんですか!? - 私のどこが侵食されてるというの?まさか…… - - - - - (……ああ、そういうことか) - (時間が惜しいけど……仕方ない、説明しないといけないわね) - - - - - - 聞きなさい、生意気な後輩! - 私の体を覆っているのは、崩壊由来のものじゃないわ! - 生きた地球外生命体、私はそれを戦友の名前の一部で呼んでいる…… - ……「ニグラス」と。 - - - - - - - ……!? - - - 「ニグラス」……あなたと同じ雪狼小隊に所属していた「シュブ・ニグラス」のことでしょうか? - - ……何度も「復活」したという噂の戦乙女。 - - - ……ええ。 - - この子は宿主が損なった器官や組織を自らの細胞で修復してくれるの。それが「シュブ・ニグラス」が蘇ってきた秘密よ。 - - - 何ですって? - - - 驚くのはまだ早いわよ。黙って聞いてて。 - - ニグラスは適応者の生命力を強化できるけど、宿主なしでは生きていけない。 - - 第二次崩壊の戦場で「シュブ・ニグラス」の体が完全に崩れた後、それは私を選んだの。 - - その時、私はすでに気を失っていて、何があったかもわからなかった。 - - 目が覚めた時、私は別世界にいた。 - そしてニグラスの「意識」、もしくは「感情」と呼ぶべきかしら——それが私の頭の中で共鳴し始めた。 - - その感覚を言語化するのは難しいわね。ニグラスは複雑な思考を持つ生き物じゃない。ただ自身の本能を人の意識に植え付けただけの存在。 - - 私にわかるのは、私をこの世界に連れてきたのはリスクを避けるためってことくらい。それと私の体との相性は思いのほか良いってことかしら。 - - この世界の人々は、私を「アンカー」からコピーされた「星語者」と間違えた。私もそのままそれを受け入れた。 - - だって……あんな残酷な戦争を経験してしまったら…… - - ……正直言って、元の世界にはあまり戻りたくないもの。 - - - じゃあ……それからずっと…… - - - ……いけない、思い出に浸っている場合じゃなかった。 - - とにかく、私は崩壊エネルギーに侵食されていないってことはわかってもらえたよね。 - - 突然の衝撃波で意識を失ってしまって、私の体内のニグラスが反応しただけよ。 - - - ……突然の衝撃波? - - - ええ。恥ずかしながら、私は結晶体に近付けすらしなかった。何があったかもわからない状況でいきなり気を失って…… - - ……目が覚めた時には、ニグラスに守られてマグマの上を浮いていたわ。 - - ローランドさんとシュレーディンガー博士の行方もわからない。もしかしたら二人は…… - - - ……いけません! - - - どうしたんですか、リタ? - - - ビアンカ様、お忘れですか?先ほど私たちはローランド様に会って…… - - - あっ! - - たしか、ローランドは…… - - - - - - - 実は結晶体の調査で、「やけど」をしたんだ。崩壊エネルギーに侵食された形跡が腕と目にあった。 - - 本人は大丈夫と言っていたが…… - - - - - - ……恐らく、崩壊に意識を侵食されたのは、ローランドの方なのです。 - - - 博士!無事でしたか? - - - 大丈夫なのです。 - - この体はエネルギーの衝撃でユニタリー性を失いましたが、そう簡単に不可逆的な損傷は残さないのです。 - - ……ただ、人型に戻るまで時間が掛かりましたが。 - - 今の会話は聞かせてもらっていたのです。もう一つ証言を加えるとするなら…… - - 私と時雨綺羅さんを襲った衝撃波を放ったのは、ローランド本人なのです。 - - 私にぴったりと密着し、粉々にしてくれたなのです。 - - - そ、そんな…… - - - …… - - ローランドがそんなことをする理由はないわ。まさか…… - - - ……すでに崩壊に侵食されていたとしか考えられないのです。 - - 体が戻るまでの間、島全体を調べたところ、私たちが監視していた崩壊エネルギー結晶体はどこにもなかったのです。 - - - ま、まさか…… - - ローランドが…… - - - ……そんな。 - - ワタシたち、無防備にも彼女を要塞の中に入れてしまったっしょ! - - - - - 数分前。 - 「女の子」が悠々と要塞の廊下を歩いていた。 - その目的は明確で、心に迷いはない。 - この傷だらけの世界の泡で、自分は唯一無二の高貴な存在である。 - そう、彼女の起源は人類だ。 - だが人類が猿を自分の同類とは思わないのと同じように、彼女も「裸の猿」と「蟻」に大きな違いはないと思っている。 - 彼女にとって、ナポレオンでさえも、陳腐で頑固な老いた父でしかない。 - ……この身は数万の意志から進化した結晶。 - 束縛する「脳」から脱し、醜い獣の体から脱し…… - 神の子は、先天的に欠陥のある「星語者」の体を借りて、人界へ降り立った。 - ……そう、彼女は今、自分がまだ「神の子」であると思っている。 - 彼女はまだ十分な強さがない。だから、少しばかりの小細工が必要だ。 - 成功を確信できた時、その偽装も必要なくなる。 - ……「ローランド」の意識はまだ彼女の体内にいる。彼女の意識の中にある小さな神経細胞の、魂を持たない皮袋でしかないが。 - 徹夜する人は目の乾きを気にしない。マラソンをする人は筋肉の痛みを気にしない。 - カマキリがいかに前肢を振り回そうと、車輪の進行方向を変えることはない。 - ……神の子はそんな体内の微々たる抵抗を楽しみながら、悠々と要塞の廊下を歩いていた。 - - - - - - ん?ローランド? - - 何かあったのか? - - - いいや、特に異常はない、議長。 - - 戦乙女のお二人が応援に来てくれたから、シュレーディンガー博士が私を戻しただけだ。 - - - そうか、わかった。君は不完全な「星語者」だから、崩壊に対抗する力も彼女らより劣るだろう。 - - はぁ……我々のせいで滅茶苦茶になったというのに、また頼ってしまうとは。 - - - まあ、予測不可能なことが起きた訳だし…… - - - でも、もっと喜んでもいいと思う、議長、司令。 - - - ……? - - - 我々はそれが悪い結果だとは思っていない。 - - 何故なら……この世で最も美しい命が、君たちの前で誕生したのだから。 - - - - - - - - くっ……あっ…… - ああ、首を締められたら苦しいよね。 - でもごめんね?君がこの世で最も我々を理解できる人間だから…… - ……だから、議長のように何も知らずに死んでいってほしくないの。 - ぐっ…… - ふふふふ……そう、もっと苦しんで、無力さを噛み締めて、絶望して、驚愕して、怒りをあらわにして見せてよ。 - でないと、どこから話せばいいか分からないじゃない。 - 自己紹介? - そうそう、はじめての時は自己紹介が礼儀だよね。 - うーん、それなら、我々には名前が必要ね? - では、司令のお姉さん、「神の子」である我々にふさわしい名前はないかい? - - - - - - - ぼさっとしない、戦乙女! - - 早く本部に戻るのよ!間に合わなくなる! - - - - - 時雨綺羅さん、足元なのです! - - - - !? - - - - - - こ、これは…… - - ……地震?火山の噴火? - - - - - - ……まずい、事態がどんどん悪化しているようなのです。 - - - 何が起きたのですか、シュレーディンガー博士? - - - わからないのです。でも何であれ…… - - ……何かの力が今この時、「アンカー」そのものを侵食しているようなのです。 - - それはこの世界の泡にとって、「世界の終わり」を意味するのです。 - - - つまり、この世界の泡がもうすぐ火の海に飲まれるってこと?ここのように? - - - そうとは限らないのです。いや、ほとんどの地域はそうならないとは思うのですが。 - - いずれにせよ、この特殊な「アンカー」システムが壊れたら……世界の泡は時空の欠片となり、内側に向かって消滅していく可能性が高いのです。 - - 量子の海の底には、そんな世界の残骸が多く残っていたのです。 - - 人々は囚人のように一つのビルの残骸で生活し、来る日も来る日も同じことを繰り返していたのです。 - - - そんな…… - - - ちょっと、今は呑気に知識の共有をしている場合じゃありません!私にぼさっとしないって言ったじゃないですか! - - 「アンカー」を侵食しているのが「力」だと言うなら、それを阻止すればいいだけのことですよね? - - - ……理論上はそうなのですが、今は「アンカー」の通路が不安定になっているのです。ちゃんと戻れるか定かじゃないのです。 - - - この前はここから直接跳びましたよ? - - - それはアンカーが安定していた時だからなのです! - - 今はエネルギーが激しく波打っているのです。空中で時空の狭間に引き裂かれないよう調整する方法があるのなら教えて欲しいのです。 - - もし…… - - - 皆さん、あちらを見てください!何かが飛んできます! - - - - - - うぉおおおおおおお—— - - 戦乙女と旅行者たちよ、何か危機であるか?助けは必要か? - - 龍となったベルトラン准将、ただいま参上した!日に日に二十歳は若返っている気がしている! - - - 龍将軍?よかった、いいところに来てくれました! - - でも……何で都合よくここに? - - - ユカタンで崩壊エネルギーの異常な波動を感じ、もしや皇帝と開戦したのではと心配になってな…… - - ……飛んでいる最中に誤って世界の狭間に落ちてしまったのだ!その後、そこから這い出ると、なんと煉獄の光景が広がっているではないか! - - やはり、何か困っているのだろう? - - - ……手短に言います、龍将軍。今私たちはある要塞へと行き、世界を救わなければならないんです。でも、空間のトンネルが不安定で直接飛び込めない状況にあります! - - - ふむ……具体的に何すればいいかわからないが…… - - ……恩に報いるためなら、何人かを乗せて「空間のトンネル」とやらを越えるくらい問題ないだろう! - - - ありがとう!じゃあ早速、乗らせてもらいます! - - - いや、待った…… - - - 何ですか? - - - 君たちにはまだ味方がいるだろう。今ここに向かって来てるぞ。 - - ……見ろ。 - - - - - - - ビアンカ、久しぶり! - - - ジミー?それと飛行士さん? - - - ハハ、たかが空間の波動、「赤い悪魔」の翼を止められるはずもないだろう? - - しかし、機械は本物の龍ほど小回りがきかない。そいつの前を飛んでいたのに、着陸できる所を探していたら遅れてしまった。 - - - そんなの気にすることありません!それより、まさかあなたたちがここに現れるなんて思ってもいませんでした! - - - ビアンカ、博士、これからどうすればいい? - - - 私たちは「アンカー」を越えて、「ワカートンネル」の中心部に戻ります!そうですよね、シュレーディンガー博士? - - - ……ええ。今ならまだ間に合うのです。 - - ビアンカさんとリタさんはベルトラン将軍の力を借りて戻るのです。時雨綺羅さんと私は、「赤い悪魔」の改良型に乗っていくなのです。 - - どちらが先に到着しても、警報の発令とローランドの行方を探すことを最優先にするのです! - - - - これは、時間との勝負になるのです。 - - 世界を救う最後のチャンスかもしれません。どんな疑問だろうと後回しにしておくのです! - - - - - ……諸行無常だな。半日もしないうちに、そんな多くのことがあったとは。 - もう遅いが、皇帝陛下に一言申したい…… - ……やはり、青春時代の「ボナパルト」は、ずっとあなたの心の奥底に生きていたのですね。 - …… - ああ、若いの、こんな老いぼれと一緒に感傷的にならなくても良いぞ。 - お互い、知人を失いはしたが、私の物語はもう今後大きな起伏はないだろう。そして君たちの物語は、まだ始まったばかりだ。 - …… - 皇帝がまだ皇帝であった頃、仕事をしている限り、あの人から「悲しい」気持ちを見つけることはできなかった。 - 彼は言った。この世で最も偉大な人間は、「積極的に行動する悲観主義者である」と。 - 彼は悲観主義者だ。人間は戦わなければ生きていけない。助けてくれる慈悲深い力など存在していない。 - だが彼は消極的ではない。怯んだりしない。自分の力が弱かろうと、目標に向かって毅然と進む。 - この世は、行動しなければ意味がない。行動でしか運命は変えられない。 - 行動を伴わない思想は、ただの思い上がりの傲慢だ。 - 「知るは易し行うは難し」。東方にはこんな言葉があります。 - その通り。皇帝はよく我らに言っていた。行動を伴わない思想、思想を伴わない行動、どちらも同じく危険だと。 - 前者は机上の空論で、文句ばかり垂らす。後者は意気地になり、火に油を注ぐ。 - そのバランスはとても難しい。皇帝も、『民法典』を編纂した時にだけ、そのバランスが取れたと言っていた。 - あの『民法典』は思考と行動力の完璧な組み合わせで、決して歴史に置き去りにはされないと。 - ……戦乙女の仕事は世界を救うことです。決して歴史に置き去りにはされません。 - ハハハ、そうだ。君たちの仕事はすべての礎だ。君たちが裏切らなければ、多くの人から讃えられるに値する。 - 皇帝は自身の利益、フランスの利益のために、ヨーロッパ中を犠牲にした。それが彼の致命的な汚点となった。 - ベートーヴェンが怒りのあまり、彼のために作った交響曲のタイトルを「ボナパルト」から「ある英雄」に変えた。 - 世界に比べたら、たかが皇帝、たかが数千万人のフランス人、少数の中の少数だ。 - でも…… - ……私たちがしたことが、必ず人類全体の利益になる、文明の進歩のためになるなんて、誰も保証できませんよね? - そこまで考えられるのは素晴らしいことだ。 - 君たちが言った事情を鑑みれば、皇帝はそれを避けるために、自分の臣民と一緒に、ある新しい命の形に融合しようとしたのだろう。 - だが代償は?その臣民たちは昔、彼の最も忠実で、過激なしもべたちだ。その結合は、偏屈な道を駆け抜けさせる結果にしかならないだろう。 - 全人類の欠片を集め、すべて融合すれば、崩壊を越える道もあるかもしれないが…… - 我らの目の前にある乱暴な例は、個人の歪んだ欲望から生まれた災いでしかない。 - ……残念ながら、皇帝陛下の本当の半身は彼と心中し、残った残滓がまだ災いをもたらそうとしている。 - …… - 主、まだ悲しんだり怒ったりする時じゃないっしょ。 - わかってます。本当の意味でこの世界を救うまでは、私たち全員、冷静さを失うわけにはいきません。 - - ビアンカ様、ベルトラン将軍、どうやら空間の狭間の入り口に近いようです。 - 了解。このまま真っすぐ突っ込みましょう。 - デュラ、「アンカー」の波動を監視して、目標の位置を常に修正してください。 - ……任せるっしょ! - - - - - 星語者の遺体が霧散し、アンカーをコントロールする中央監視室は今、静寂に包まれている。 - 旧王の遺体から新生した魔君が、蜘蛛のように世界の泡の中心に居座り、獲物の味を吟味していた。 - - ……旧世界と別れを告げる前に、我々を見つけたのだね。 - - 我々が世界を越える神になるまで、あと5分。 - - ふふ、たった数人で一体何ができるか、見てみようじゃないか。 - - - - - - おかしいですね、人っ子一人いません。 - - - ビアンカ様、あちらを見てください! - - - !? - - - - - - ビアンカ、リタ?どうしてそっち側から…… - - - それはこっちのセリフです! - - 着陸ポイントから二手に分かれてローランドを探してたじゃないですか!?何で反対側から現れるんです?この通路は環状じゃないはずですよね!? - - 龍将軍とワットに出発地点を守るよう言ったのに。 - - - …… - - あなたたちも……誰にも会わなかったのです? - - - はい、警備もいませんでした!崩壊が要塞を攻略した後、戦場まで綺麗に片付けたんでしょうか…… - - - 崩壊は戦場の片付けなんてしないのです。 - - 私たちが自分の足でこの通路が環状であることを証明したのなら、考え得る範囲で可能性は一つなのです。 - - 私たちのいる場所は、「アンカー」の正常な秩序から脱している可能性が高いのです。 - - - ……どういう意味です? - - - ビアンカさん、こう考えてみるのです。 - - この地中の要塞は、「アンカー」に最も近い場所に建てられているのです。では、「アンカー」とはなんだったか…… - - そう、アンカーとはこの大型の世界の泡を形成する核なのです。たくさんのページのような微小空間を順序よく繋ぎ合わせた「本の背」なのです。 - - ……いいえ、この場合、コンピューターの捻れたケーブルに例えたほうがいいかもしれないのです。 - - とにかく、要塞はアンカーに近すぎるせいで、無数の小さな独立空間に分解することができるのです。ひとつひとつ、単独の世界の欠片に近いというわけなのです。 - - 言い換えれば、私たちの遭遇は、それぞれ逆方向から世界を一周してきたというわけなのです。 - - - なっ……まさか、要塞がすでに分解されていて、私たちは行くべき欠片を間違えたってことですか? - - - ……いいえ。前半は合っていますが、後半は違うなのです。 - - 時雨綺羅さん、あなたの身にあるその……「ニグラス」も……もしかして、崩壊エネルギーを感知する器官を備えていませんか? - - - 器官?相変わらずわかりにくい言い回しね……ええ、「ニグラス」は周辺の崩壊エネルギーの分布状況を教えてくれるわ。 - - - ……では、私たちが調査していた結晶体を感知できますか? - - - …… - - 少し……靄がかかっている感じ。 - - 何だか……私たちの目の前に壁があって、その向こう側にあるみたい。いえ、そんなわけないわよね。 - - - いいえ、私の「嗅覚」もそう告げているのです。 - - よし、それなら簡単なのです。ビアンカさん。 - - - どうすればいいんですか? - - - その聖剣で、あそこの空間を切ってくださいなのです。 - - 私たちが探している黒幕は、この壁の向こう側にいるのです。 - - - それだけ? - - - それだけなのです。 - - - ……よし。 - - - - - - じゃあ、さっそく! - - - - - - あらあら。 - - さすがだ。この「ラニーニャ」、今か今かと待ってたよ。 - - - あ、あなたは…… - - ロ、ローランド? - - - ああ、この体の元の主のことか。 - - 星語者、騎士ローランド、彼女は我々を構成する幾千万の細胞の一つだ。 - - 特別でも、何か意味があるわけでもない。思考にも参加できない。 - - - ……ということは、あなたが寄生虫ですね! - - - ちっ、卑しい生き物め、なんて乱暴なんだ。 - - この世界の生き物すべて、細菌のような単細胞から進化してきたんだ。知っていると思うが、とある世界のダーウィンの発見だ。 - - で、その理論で例えるなら…… - - 我々、「ラニーニャ」は、「ナポレオン帝国」の全臣民と、騎士ローランドが、崩壊の素晴らしい作用により一緒に「進化」したものだ。 - - 彼女は我々の骨格になり、我々は彼女の智慧となる。君は君の骨が君の脳を嫉妬するとでも思っているの? - - - ……ふざけたことを。 - - - ふざけていると思うか、時雨綺羅さん?君が我々の攻撃から生き残れたのも、他の生物と融合したからじゃないのか? - - 我々が一般人よりずっと優れていることは、そんなに理解しがたいのかね? - - - ……気持ち悪いとしか思わないわ。 - - - ああ、そうかもね。我々の誕生が、素晴らしすぎたようだ。 - - 考えてみたまえ、どれだけ偶然を重ねた結果だと思う? - - まずは我々の皇帝、ナポレオンさん。自分の統治を永くするために、我々を彼の体の部品として組み入れた。 - - その後、彼の脅威から逃れようとした君たち共和国が、勝手に世界の泡の一部を切り落とした。我々の精神も肉体も、崩壊エネルギーの作用によって完全に混ざった。 - - さらに、皇帝と対となる存在が彼と心中した。我々は「鉢の中の脳」となり、崩壊エネルギー結晶体の中に閉じ込められた。 - - 最後に、あの不完全な星語者がたまたま我々の前に現れ、彼女の体に入り、我々は新生することができた。 - - - 何がしたいんですか!私たちのローランドに対する気持ちを利用しようとしているんですか? - - - ふふ、せっかちな小娘だ。 - - - ッ……戦場では崩壊に侵食された戦友を処理することもあります! - - 早くローランドの体から出ていってください。命だけは助けてあげます。 - - - あらあら、乱暴でせっかち、まるで強盗みたいだ。君の仲間たちの方がよっぽど自制心を持っている。 - - ……でも残念ながら、今回は君が正解だ。 - - - ……何が言いたいんです? - - - ん?今さら回りくどく言う必要なんてないと思うけど? - - 今、君が我々を脅している間に、我々と「アンカー」の同期が完了した。今後、我々が「アンカー」で、「アンカー」が我々だ。 - - 君たちは我々の話を呑気に聞いていたせいで、「ラニーニャ」を止められる最後の5分を無駄にしたのだ。 - - ……本当に残念だよ。 - - - 「アンカー」と……同期? - - - ああ、親愛なる博士よ。君が一番その言葉の重みをわかる人だろう。 - - 「アンカー」は世界をコントロールしている。誰かがそれと同期できれば、その人は世界の法則を外れ、さらに世界のあらゆる法則を利用できる。 - - 言い換えれば、我々、神の子「ラニーニャ」は…… - - 君たちが望んでやまないこの世界の……神になったのだ。 - - - そ、そんなあり得ない!有史以来、人間が操作できた「アンカー」の情報量は千分の一にも満たなかったのよ。 - - あなたみたいなのが、虚勢を張るんじゃないわ! - - - 虚勢?いいや、虚勢じゃないよ、アイドルさん。 - - 「ラニーニャ」は一人であり、一万人であり、十万人でもある。我々ができることを、君が想像できるはずもない。 - - 安心するんだ、これは良いことなのだから。 - - 皇帝のやったことは鶏を殺して卵を取るのと同じ。共和国の切り離し計画もただの付け焼刃。 - - 我々、運命に選ばれた聖なる赤子だけが、この世界を最も永く存続させられ、「明日」や「明後日」を与えてやれるのだ。 - - その証拠に…… - - そうだ、さっき死んだ人間を、君たちのためにもう一度この世界にコピーしようか? - - - なにを…… - - - - - 崩壊エネルギーが「ラニーニャ」の体から溢れ出す。 - だが真に恐ろしいのは、そのエネルギーのほとんどが散逸せず、懐かしく見知らぬ形になっていくこと。 - - - - - - …… - - - …… - - …… - - - - - ん?ちょっと手違いがあったみたいだ。 - - そうそう、忘れてた。この人たちの心があまりにも美味しくて、もう我々に消化されてしまったから、出しようがなかった。 - - まあいいや。「感動の再会」とはいかなかったが…… - - 君たちも食べさせてくれたら、同じ体の中で再会できるよ? - - - - - - イカれてます! - はっ、「デュランダル」で機先を制したつもり? - - - - - - 「ローランド」の体を前にして、魚に泳ぎ方を教えるつもりなのか? - ……剣が……折れた? - 今さら気付いたんじゃないよね?その剣の弱点は、「完全形態」そのものだってことを。 - さあ、仲間たちが手一杯の間に、君から片付けようか…… - - - - - - させません! - - うん?凍結攻撃か? - 笑止。 - - ———— - ———————— - - - - - - - ……こんな力、我々に通用するとでも!? - - - - - - いいえ、先ほどと同じなのです。これで彼女も貴重な時間が稼げたのです。 - - ビアンカさん、あなたの意志で「デュランダル」の宝石を起動するのです! - - あなたが今の主なのです、必ずその意志に応えてくれるはずなのです! - - - ……はい! - - - - - (ローランドの聖剣よ……) - (彼女の今生の名誉を守らせてくれるのなら……) - (私の体を使って敵を消滅させてくれるのなら……) - (……私の心からの呼び声に応えよ、不朽なる刃よ!) - - - - - - ありえない…… - これは……なんだ? - - - - - そういう……ことだったんですね。 - 武器として、魂鋼は戦乙女の肉体の代わりに崩壊エネルギーを吸収、コントロール、解放することができる。 - 逆に戦乙女も肉体で、魂鋼ができることを一時的に代行できる! - だから、「ラニーニャ」、世界の残滓よ…… - 私たちがここへ来る前に、聖剣が用意した浄化プログラムを—— - - - - - - ——くらえッ! - - - - - - ……ローランド! - - - 慌てないで、ビアンカ。彼女の中の崩壊エネルギーは、すべてあなたに吸収されてるわ。今はただ気を失っているだけよ。 - - それより…… - - - はい、根本的な問題を解決できていないのです。 - - - ……? - - シュレーディンガー博士、それはどういう……? - - - ……あなたたちの――聖剣も例外ではなく――崩壊エネルギーを感知する力は、私や時雨綺羅ほど敏感ではないのです。 - - 先ほどの浄化プログラムは、確かに崩壊エネルギーに混ざっていた意識を「拭い去る」ことができたのです。 - - けど問題は、その崩壊エネルギーが「アンカー」と紐付けされていた点にあるのです。いかに聖剣であろうと、そのエネルギーを「アンカー」の深部まで追いやることしかできないのです、世界の泡の外ではなく。 - - ……洗剤で汚れた水を、純水にできないのと同じこと。 - - - じゃあ、これからどうなるんですか? - - - この世界の泡は、しばらく平和になるはずなのです。でも、崩壊エネルギーが自由に「アンカー」を侵食できる限り、三年から五年の年月で完全に解体される可能性が高いのです。 - - - ……絶対に解体されてしまうんですか? - - - はい。この世界の泡は、無数の欠片に分裂し終わりを迎えるなのです。 - その過程は、「ラニーニャ」が死亡した瞬間から始まったのです。 - - つまり、今話している間にも、この世界の泡は緩やかだけど確実に崩壊し続けているのです。 - - - ……そ、そんなのだめです! - - - - そうなのです。誰もそんな運命を受け入れられるはずがないのです。 - - 幸いなことに、この状況下において一つだけ方法があるのです…… - - ……その方法があなたにもたらすメリットとデメリットは、どちらも同じくらい。あなたが選ぶ必要があるのです。 - - - 何だって構いません!この世界を救えるなら、何でもします! - - - そう慌ててはいけないのです。 - - 私が思いついた方法は、根本的な解決にはならないのです。「ラニーニャ」の企みの代替品で、この世界の「死」を大きく先延ばしするだけなのです。 - - - ……? - - - それから。 - - この方法を実行したら、私たち四人以外のすべてがこの瀕死の世界の泡に閉じ込められるのです。その人が望もうが望むまいが関わらずに。 - - この世界の泡の時空の狭間は外部から完全に閉ざされるのです。彼らと別れを告げることもできず、ここで何があったかも教えることが叶わないのです。 - - 「デュランダル」を修復する機会も失う。 - - ……けど同時に、これだけは保証するのです。この世界は確かに、貴重な時間を得ることができるのです。 - - 私か、時雨綺羅か、あなたたちのオットー主教か、「ネゲントロピー」の誰かが——その間にこの世界を助ける方法を見つけるはずなのです。 - - これが今私が考えつく唯一の方法なのです。でも決断を下す材料として、これらは決定的な要素にはならないのです。 - - 決定的な要素は、この世界の命運はあなたに託されるということなのです。 - - - まさか、私に…… - - - - そのまさかなのです。 - - あなたが「ラニーニャ」に代わって「神」の座に着き、世界の泡の存亡と自分自身を紐付けるのです。 - - ……あなたが生きている限り、この世界は存在できるのです。逆に、あなたの死によって再び崩壊が進み始めるのです。 - - あなたが「デュランダル」の宝石の容器として、本来の魂鋼より優れているのは想定外だったのです。 - - 「ラニーニャ」が残した崩壊エネルギーと「アンカー」を完全に分離することはできないですが…… - - 「デュランダル」の宝石を利用して、「アンカー」ごと世界の泡も崩壊エネルギーもすべて、あなたの体内に封じることができるのです。 - - - ……は?体内?それって、言葉通りの意味ですか? - - - 言葉通りなのです。あなたが先ほど、自分の肉体を「デュランダル」の剣の代わりにしたように。 - - 幾何学上の「反転」同様、対象を円の外から円の内部に置き換えられるように—— - - ——「デュランダル」でエネルギーを操る力を持ってして、私たちはあなたをその円とし、この世界の泡をあなたの外部から内部へと「反転」させることができるのです。 - - 「反転」が成功した後、あなたは「ゲニウス」を使って天命本部に戻れるのです。 - - その時、この世界の泡は…… - そう、哲学的な言い方をするならば…… - - ……あなた個人の「小宇宙」になるのです。 - - - …… - - - あなた個人にとって、これは精神的な負荷だけでなく、戦乙女であるあなたが、天命の一部の人間から実験対象として扱われるようになる可能性もあるのです。 - - ……だがいずれにせよ、これが私の考え得る唯一の方法なのです。 - - 私たちが時間を掛けて研究を重ねれば、もっと良い方法が見つかるかもしれない…… - - けどその時、「アンカー」の侵食が進んで破壊されてしまえば、今のように「デュランダル」の宝石で「反転」させる機会を失うことも考えられるのです。 - - 私の崩壊エネルギーに対する「嗅覚」で推定するに……「反転」するか否かを決められる時間は、およそ一週間なのです。 - - - - ……博士、もう十分です。 - - どうすればいいか教えてください。どうすれば、その「藁」に縋れるのか、この世界を救えるのか。 - - 私は、この世界の人たちが好きです。世界の未来のために命を捧げた人だっていました。 - - 何が何でも、この世界に終わりを迎えてほしくない。ここまで旅してきたんです、最後まで守り通します。 - - - ……ビアンカさん、あなたは私が今まで出会った人の中で、最も勇敢な方なのです。 - - でも、そんな簡単に今後の人生を決めてしまっていいの?世界を一つ背負うことになるのよ!? - - - ……先輩、戦乙女の人生なんて、そんなものじゃないですか。 - - 私たちは戦士です。いつ死んでもおかしくありません。そして、皆の運命を背負う人間なんです。 - - はじめからこの滅びを無視するつもりなどなく—— - - その時から、自分の人生は決まっていたんです。 - - もし躊躇う人がいるのなら…… - - 彼女はまだちゃんと、考えていなかったんだと思います。 - - ……「戦乙女」になること、世界の美しいもののために戦うこととは、どういう意味なのかを。 - - - …… - - - - - - 私の好きな人のために。 - - - - - - その人たちが好きなもっとたくさんの人のために。 - - - - - - すべての「人」が「人」と称する人のために。 - - - - - - 彼らは私に感動を与えてくれました。その代わりに、私は自分のすべてを捧げて彼らを守ります。 - - - - - 聖剣よ、もしまだ意識があるのなら、もしまだ私を主と認めてくれるのなら…… - ……今、私と共に限界を超えよ! - - - - - 全身が輝く装甲に覆われた……ビアンカ様と聖剣がさらなる融合をされたのでしょうか? - 空間が歪み始めた!彼女の背後にあるのは……ブラックホール!? - いえ、あれは「視界」と呼ぶべきものなのです。ブラックホールはそれを生成させるための方法なのです。 - どうやら、「不朽なる刃」自身も、私の言った「反転」とはどういうものか理解しているようなのです。 - 世界を反転する……もう一つの世界を体積のない「点」に収納するってこと? - 世界の泡そのものの体積は小さいのです。だから、ビアンカさんと「デュランダル」はそれができるのです。 - リタさん、「ゲニウス」を用意してくださいなのです。時雨綺羅さん、「ニグラス」をアクティブな状態にしておいてくださいなのです。 - ローランドは「アンカー」から生まれた星語者なのです。彼女は強制的に世界の泡の内部へと引っ張られるはずなのです。 - 皆……別れの時間なのです。 - はか……せ…… - ビアンカ様?無理なさらずに…… - - - - - 大丈夫…… - 少しずつ……慣れてきた…… - 私の中の世界を……感じる…… - 新しい青空を迎える人……友と抱きしめ合う人…… - ……彼ら全員を大事にします。 - - - - - - リタ、今です!「ゲニウス」を起動してください! - 「反転」がもうすぐ終わります。量子の海の虚空へ弾かれる! - - - - - はい、ビアンカ様! - - -
-
\ No newline at end of file + + + + + + + + + 地中深く、少女はバラバラな夢を見る。 + 夢と夢の狭間、無常な詩篇が谷の合間に散りばめられている。 + + + + + + +

The flower that smiles today

+

(今日微笑む花も)

+
+

Tomorrow dies;

+

(明日には散る)

+
+ +

All that we wish to stay,

+

(私たちが残したいものは皆)

+
+

Tempts and then flies.

+

(気を惹いては、消えてなくなる)

+
+ +

What is this world's delight? Lightning that mocks the night,

+

(この世の喜びとは?それは夜をあざける稲妻)

+
+

Brief even as bright.

+

(明るく瞬く)

+
+ +
+ + + + +

Virtue, how frail it is!

+

(美徳はなんて脆いのだろう!)

+
+

Friendship how rare!

+

(友情はなんて稀有なのだろう!)

+
+ +

Love, how it sells poor bliss

+

(愛は、可哀想な幸福を裏切る)

+
+

For proud despair!

+

(ただ虚栄な絶望のために!)

+
+ +

But we, though soon they fall, Survive their joy and all

+

(それでも生きていく、喜びが一瞬にして消え去ろうと)

+
+

Which ours we call.

+

(「私たちの」すべてが消え去ろうと)

+
+ +
+ + + + +

Whilst skies are blue and bright,

+

(空が青く輝く)

+
+

Whilst flowers are gay,

+

(花は咲き誇り)

+
+ +

Whilst eyes that change ere night

+

(瞳が夜に色を失う前に)

+
+

Make glad the day,

+

(明るく楽しい間に)

+
+ +

Whilst yet the calm hours creep, Dream thou – and from thy sleep

+

(平穏な時が緩やかに流れる間に、良い夢を)

+
+

Then wake to weep.

+

(泣くのは、再び目を覚ます時でいい)

+
+ +
+ + + 暁の泡沫のように、夢が消えていく。 + 少女は清々しい空気が肺に入ってくるのを感じた。 + 瞼が重く、四肢も覚醒していないようだ。 + 眠気と戦いながら、言うことのきかない体で3分ほどもがいた。……あるいは30分だったかもしれない。 + + + + + + あ…… + 動かないでください、ビアンカ様。 + + あなたは3時間45分ほど気を失っていました。これが最後の注射になります。 + 終わるまで、横になったままでお願いいたします。 + うっ……出発前に、主教が持たせた薬ですね…… + 確か……濃度を極限まで薄めた聖血…… + ……お静かに。今から静脈注射をしますので、体を楽にしてください。 + あ……ごめんなさい。 + じゃあ……一つだけ聞かせてくれますか…… + 世界の泡を切り離す作戦は……成功したんですか? + ……世界の泡を切り離すこと自体は大成功でした。ただ…… + 別の問題が発生しており、私たちの力が必要かもしれません。だから、今は治療に専念してください。 + 大丈夫です、すぐに終わります。 + + + + + + ……すごい薬ですね。倒れる前より元気になった気がします。 + + それで、状況はどうなっているんですか?それと……ここはどこです? + + + ここは地中深く、「要塞指揮所」の医務室です。私たちは今、「アンカー」に最も近い場所にいます。 + + ビアンカ様が参加された世界の泡を切り離す「パチャクテク行動」は終了しました。議長の集計によりますと、少なくとも378人が作戦中に死亡もしくは行方不明になっています。 + + ……その中に、「カレドニア号」の航海士「ジャンナ・フランソワ・シャンポリオン」様も含まれております。 + + + ……何ですって? + + そんな……何で彼女が…… + + + 「シャンポリオン」は偽名で、シュレーディンガー博士によりますと、彼女は集合体「ナポレオン」の情報の欠片から生まれた「星語者」だったのです。 + + + ……は? + + + ざっくり言いますと、彼女がこの世界に存在するもうひとりのナポレオンです。しかも、性格は私たちが歴史の授業で学んだナポレオンに近い方です。 + + 世界の泡が切り離された後、ヨーロッパの欠片に残存していた崩壊獣がナポレオンの意志を基に集合体となりました。あの島で最も重要なアンカートンネルを占領し、こちらの道を断ったのです。 + + 島にいる三千人以上の兵士を全滅させないために、「シャンポリオン」は「ナポレオン」と心中することを選びました。アンカーを使って自身を特攻武器とし、崩壊獣集合体の中の「ナポレオン」を打ち消しました。 + + その犠牲によって、残った二千人余り、重傷のドラクレスト将軍、真田幸村将軍、そしてカラヴァッジオ様も助かりました。 + + ……そして、私がゲニウスを起動し、ビアンカ様を元の世界に連れ戻さなければならない事態も避けられました。 + + + …… + + + ただ、崩壊獣集合体は消えましたが、その崩壊エネルギーが完全に消滅したわけではありません。 + + あれが消えた場所の近くに、巨大な結晶体が発生しています。 + + そのため、シュレーディンガー博士、時雨綺羅様、ローランド様はまだ島で監視を続けています。 + + ……これが先ほど申し上げた、私たちの力が必要となるかもしれない問題です。 + + + ……どうするんですか? + + + 崩壊エネルギー攻撃で結晶体の安定性を試します。 + + 安定している場合、地中に埋めるにしても、宇宙に打ち上げるにしても、悪くない選択肢だと思います。 + + + ……もしその結晶体が脆く、エネルギーを放出しやすかったら? + + + すべて誘爆します。 + + + じゃあ、その方法は? + + + ふふん、そこはもちろんワタシの出番っしょ。 + + + もしかして……デュラ? + + + そのとおりっしょ! + 「カレドニア号」でただ一人の機械種族、マッテーオ・マリーア・ボイアルド・ルードヴィッヒオ・アリオスト十二世! + あ、この名前は適当につけたものだから、あまり気にせずに。 + + とにかく、これが完全復活したワタシの人形形態。前よりかっこよくなったっしょ? + + + ……そ、そうですね。 + + + 主より35分28秒早く目覚めたから、結晶体を浄化するプログラムも設定済みっしょ。 + + 善は急げ、今から出発するっしょ? + + + + + + おや、体はもう良いのかい? + + + 船長!おじいさん!無事だったんですね! + + + ああ、わしらは守られたんじゃ……犠牲になった英雄たちのおかげじゃよ。 + + ……それで、今から「聖剣」を携えて戦場に戻るのかい? + + + はい。デュラが崩壊エネルギーをなんとかできるって。 + + + そうか、頑張ってくれ。それがあんたたちにしかできない最良なんだろう。 + + …… + + 東方の哲学にこんな考え方がある。誰もが「宿命」を背負い、この世に生まれてきたのじゃと。 + + 預言者の言う「宿命」と違い、誰もが背負っている「宿命」は、多くは人生の中に埋もれておる。 + + 真の智慧と勇気を持つ者のみが、ただ一度きりの人生の中で自身の「宿命」に気付くことができるんじゃ。 + + そしてそれを駆使し、人々から「奇跡」や「不可能」と呼ばれるようなものを創造していくのだと。 + + 時に、「奇跡」は重い代償と引き替えなければならないかもしれない。 + + 時に、「宿命」は悲しい方法によって実現するかもしれない。 + + それでも、それらは世界に選ばれた歴史であり、無数の可能性の中から現実になった我々の「運命」じゃ。 + + 子供たちよ…… + + どんな哲学だろうとも、運命を「変える」ことは「祈る」ことや「呪う」ことより重要で、有意義じゃ。 + + 時間は巻き戻せない。世界は繰り返せない。悲しみの理由を訴えるより、できることを数えよ。 + + お主たちの旅はまだこれからじゃ。これから先、いくつもの世界、いくつもの試練が待ち受けているかもしれない。 + + 精一杯やり抜くんじゃ。故人への最高の手向けは、彼らが切り拓いた道を進むことなのじゃから。 + + + ……はい! + + ありがとうございます、セルバンテス様。 + + + + + + 既に一回来たことありますけど……やっぱり、この「アンカー」を守る中央要塞は大きいですね。 + + + ああ、よかった、間に合った! + + + ……ローランドさん?崩壊エネルギー結晶のところから戻って来たんですか? + + ローランド様、もしかして何かトラブルでも? + + + あ、いや、「トラブル」というほどのものではない。 + + シュレーディンガー博士が結晶体の崩壊エネルギーに異常な波動を観測したんだ。だから私が戻り、議長に報告して対策を検討することになったんだよ。 + + 作戦後、世界自体がまだ不安定な状態だから、島との通信も復旧していない。こうして誰かが伝令に走る必要がある。 + + ……あ、今から北海へ行くのか? + + + もちろん、そのつもりです。 + + + よかった。ビアンカさんがいれば、時雨綺羅さんも…… + + あ、いや、私の考えすぎだな。 + + + ……? + + + 実は結晶体の調査で、「やけど」をしたんだ。崩壊エネルギーに侵食された形跡が腕と目にあった。 + + 本人は大丈夫と言っていたが…… + + + …… + + そんな…… + + ローランドさん、議長への報告をお願いします。私とリタはこのまま時雨綺羅さんのところへ行きます。 + + + 事態は深刻なのだな? + + ……では議長に報告した後、手の空いている者を増援として遣わそう、問題ないだろうか? + + + ええ、お願いします! + + + + + 東方には「赤地千里」という、干害を表す言葉がある。 + 今、北海の小島は、世界の泡を切り離した作戦によって混乱に陥り、煉獄と化していた。 + まさにその言葉通り、ドロドロと流れる溶岩が辺りに広がっている。 + + …… + あ、あれは…… + + + + + + しっかり!時雨綺羅さん!崩壊に意識を飲まれないでください! + + + + + + 落ち着いて!ビアンカ! + 私は崩壊に侵食なんてされてないから! + 綺羅さん! + 見るからに侵食されてるじゃないですか。まさか、自分じゃわからないんですか!? + 私のどこが侵食されてるというの?まさか…… + + + + + (……ああ、そういうことか) + (時間が惜しいけど……仕方ない、説明しないといけないわね) + + + + + + 聞きなさい、生意気な後輩! + 私の体を覆っているのは、崩壊由来のものじゃないわ! + 生きた地球外生命体、私はそれを戦友の名前の一部で呼んでいる…… + ……「ニグラス」と。 + + + + + + + ……!? + + + 「ニグラス」……あなたと同じ雪狼小隊に所属していた「シュブ・ニグラス」のことでしょうか? + + ……何度も「復活」したという噂の戦乙女。 + + + ……ええ。 + + この子は宿主が損なった器官や組織を自らの細胞で修復してくれるの。それが「シュブ・ニグラス」が蘇ってきた秘密よ。 + + + 何ですって? + + + 驚くのはまだ早いわよ。黙って聞いてて。 + + ニグラスは適応者の生命力を強化できるけど、宿主なしでは生きていけない。 + + 第二次崩壊の戦場で「シュブ・ニグラス」の体が完全に崩れた後、それは私を選んだの。 + + その時、私はすでに気を失っていて、何があったかもわからなかった。 + + 目が覚めた時、私は別世界にいた。 + そしてニグラスの「意識」、もしくは「感情」と呼ぶべきかしら——それが私の頭の中で共鳴し始めた。 + + その感覚を言語化するのは難しいわね。ニグラスは複雑な思考を持つ生き物じゃない。ただ自身の本能を人の意識に植え付けただけの存在。 + + 私にわかるのは、私をこの世界に連れてきたのはリスクを避けるためってことくらい。それと私の体との相性は思いのほか良いってことかしら。 + + この世界の人々は、私を「アンカー」からコピーされた「星語者」と間違えた。私もそのままそれを受け入れた。 + + だって……あんな残酷な戦争を経験してしまったら…… + + ……正直言って、元の世界にはあまり戻りたくないもの。 + + + じゃあ……それからずっと…… + + + ……いけない、思い出に浸っている場合じゃなかった。 + + とにかく、私は崩壊エネルギーに侵食されていないってことはわかってもらえたよね。 + + 突然の衝撃波で意識を失ってしまって、私の体内のニグラスが反応しただけよ。 + + + ……突然の衝撃波? + + + ええ。恥ずかしながら、私は結晶体に近付けすらしなかった。何があったかもわからない状況でいきなり気を失って…… + + ……目が覚めた時には、ニグラスに守られてマグマの上を浮いていたわ。 + + ローランドさんとシュレーディンガー博士の行方もわからない。もしかしたら二人は…… + + + ……いけません! + + + どうしたんですか、リタ? + + + ビアンカ様、お忘れですか?先ほど私たちはローランド様に会って…… + + + あっ! + + たしか、ローランドは…… + + + + + + + 実は結晶体の調査で、「やけど」をしたんだ。崩壊エネルギーに侵食された形跡が腕と目にあった。 + + 本人は大丈夫と言っていたが…… + + + + + + ……恐らく、崩壊に意識を侵食されたのは、ローランドの方なのです。 + + + 博士!無事でしたか? + + + 大丈夫なのです。 + + この体はエネルギーの衝撃でユニタリー性を失いましたが、そう簡単に不可逆的な損傷は残さないのです。 + + ……ただ、人型に戻るまで時間が掛かりましたが。 + + 今の会話は聞かせてもらっていたのです。もう一つ証言を加えるとするなら…… + + 私と時雨綺羅さんを襲った衝撃波を放ったのは、ローランド本人なのです。 + + 私にぴったりと密着し、粉々にしてくれたなのです。 + + + そ、そんな…… + + + …… + + ローランドがそんなことをする理由はないわ。まさか…… + + + ……すでに崩壊に侵食されていたとしか考えられないのです。 + + 体が戻るまでの間、島全体を調べたところ、私たちが監視していた崩壊エネルギー結晶体はどこにもなかったのです。 + + + ま、まさか…… + + ローランドが…… + + + ……そんな。 + + ワタシたち、無防備にも彼女を要塞の中に入れてしまったっしょ! + + + + + 数分前。 + 「女の子」が悠々と要塞の廊下を歩いていた。 + その目的は明確で、心に迷いはない。 + この傷だらけの世界の泡で、自分は唯一無二の高貴な存在である。 + そう、彼女の起源は人類だ。 + だが人類が猿を自分の同類とは思わないのと同じように、彼女も「裸の猿」と「蟻」に大きな違いはないと思っている。 + 彼女にとって、ナポレオンでさえも、陳腐で頑固な老いた父でしかない。 + ……この身は数万の意志から進化した結晶。 + 束縛する「脳」から脱し、醜い獣の体から脱し…… + 神の子は、先天的に欠陥のある「星語者」の体を借りて、人界へ降り立った。 + ……そう、彼女は今、自分がまだ「神の子」であると思っている。 + 彼女はまだ十分な強さがない。だから、少しばかりの小細工が必要だ。 + 成功を確信できた時、その偽装も必要なくなる。 + ……「ローランド」の意識はまだ彼女の体内にいる。彼女の意識の中にある小さな神経細胞の、魂を持たない皮袋でしかないが。 + 徹夜する人は目の乾きを気にしない。マラソンをする人は筋肉の痛みを気にしない。 + カマキリがいかに前肢を振り回そうと、車輪の進行方向を変えることはない。 + ……神の子はそんな体内の微々たる抵抗を楽しみながら、悠々と要塞の廊下を歩いていた。 + + + + + + ん?ローランド? + + 何かあったのか? + + + いいや、特に異常はない、議長。 + + 戦乙女のお二人が応援に来てくれたから、シュレーディンガー博士が私を戻しただけだ。 + + + そうか、わかった。君は不完全な「星語者」だから、崩壊に対抗する力も彼女らより劣るだろう。 + + はぁ……我々のせいで滅茶苦茶になったというのに、また頼ってしまうとは。 + + + まあ、予測不可能なことが起きた訳だし…… + + + でも、もっと喜んでもいいと思う、議長、司令。 + + + ……? + + + 我々はそれが悪い結果だとは思っていない。 + + 何故なら……この世で最も美しい命が、君たちの前で誕生したのだから。 + + + + + + + + くっ……あっ…… + ああ、首を締められたら苦しいよね。 + でもごめんね?君がこの世で最も我々を理解できる人間だから…… + ……だから、議長のように何も知らずに死んでいってほしくないの。 + ぐっ…… + ふふふふ……そう、もっと苦しんで、無力さを噛み締めて、絶望して、驚愕して、怒りをあらわにして見せてよ。 + でないと、どこから話せばいいか分からないじゃない。 + 自己紹介? + そうそう、はじめての時は自己紹介が礼儀だよね。 + うーん、それなら、我々には名前が必要ね? + では、司令のお姉さん、「神の子」である我々にふさわしい名前はないかい? + + + + + + + ぼさっとしない、戦乙女! + + 早く本部に戻るのよ!間に合わなくなる! + + + + + 時雨綺羅さん、足元なのです! + + + + !? + + + + + + こ、これは…… + + ……地震?火山の噴火? + + + + + + ……まずい、事態がどんどん悪化しているようなのです。 + + + 何が起きたのですか、シュレーディンガー博士? + + + わからないのです。でも何であれ…… + + ……何かの力が今この時、「アンカー」そのものを侵食しているようなのです。 + + それはこの世界の泡にとって、「世界の終わり」を意味するのです。 + + + つまり、この世界の泡がもうすぐ火の海に飲まれるってこと?ここのように? + + + そうとは限らないのです。いや、ほとんどの地域はそうならないとは思うのですが。 + + いずれにせよ、この特殊な「アンカー」システムが壊れたら……世界の泡は時空の欠片となり、内側に向かって消滅していく可能性が高いのです。 + + 量子の海の底には、そんな世界の残骸が多く残っていたのです。 + + 人々は囚人のように一つのビルの残骸で生活し、来る日も来る日も同じことを繰り返していたのです。 + + + そんな…… + + + ちょっと、今は呑気に知識の共有をしている場合じゃありません!私にぼさっとしないって言ったじゃないですか! + + 「アンカー」を侵食しているのが「力」だと言うなら、それを阻止すればいいだけのことですよね? + + + ……理論上はそうなのですが、今は「アンカー」の通路が不安定になっているのです。ちゃんと戻れるか定かじゃないのです。 + + + この前はここから直接跳びましたよ? + + + それはアンカーが安定していた時だからなのです! + + 今はエネルギーが激しく波打っているのです。空中で時空の狭間に引き裂かれないよう調整する方法があるのなら教えて欲しいのです。 + + もし…… + + + 皆さん、あちらを見てください!何かが飛んできます! + + + + + + うぉおおおおおおお—— + + 戦乙女と旅行者たちよ、何か危機であるか?助けは必要か? + + 龍となったベルトラン准将、ただいま参上した!日に日に二十歳は若返っている気がしている! + + + 龍将軍?よかった、いいところに来てくれました! + + でも……何で都合よくここに? + + + ユカタンで崩壊エネルギーの異常な波動を感じ、もしや皇帝と開戦したのではと心配になってな…… + + ……飛んでいる最中に誤って世界の狭間に落ちてしまったのだ!その後、そこから這い出ると、なんと煉獄の光景が広がっているではないか! + + やはり、何か困っているのだろう? + + + ……手短に言います、龍将軍。今私たちはある要塞へと行き、世界を救わなければならないんです。でも、空間のトンネルが不安定で直接飛び込めない状況にあります! + + + ふむ……具体的に何すればいいかわからないが…… + + ……恩に報いるためなら、何人かを乗せて「空間のトンネル」とやらを越えるくらい問題ないだろう! + + + ありがとう!じゃあ早速、乗らせてもらいます! + + + いや、待った…… + + + 何ですか? + + + 君たちにはまだ味方がいるだろう。今ここに向かって来てるぞ。 + + ……見ろ。 + + + + + + + ビアンカ、久しぶり! + + + ジミー?それと飛行士さん? + + + ハハ、たかが空間の波動、「赤い悪魔」の翼を止められるはずもないだろう? + + しかし、機械は本物の龍ほど小回りがきかない。そいつの前を飛んでいたのに、着陸できる所を探していたら遅れてしまった。 + + + そんなの気にすることありません!それより、まさかあなたたちがここに現れるなんて思ってもいませんでした! + + + ビアンカ、博士、これからどうすればいい? + + + 私たちは「アンカー」を越えて、「ワカートンネル」の中心部に戻ります!そうですよね、シュレーディンガー博士? + + + ……ええ。今ならまだ間に合うのです。 + + ビアンカさんとリタさんはベルトラン将軍の力を借りて戻るのです。時雨綺羅さんと私は、「赤い悪魔」の改良型に乗っていくなのです。 + + どちらが先に到着しても、警報の発令とローランドの行方を探すことを最優先にするのです! + + + + これは、時間との勝負になるのです。 + + 世界を救う最後のチャンスかもしれません。どんな疑問だろうと後回しにしておくのです! + + + + + ……諸行無常だな。半日もしないうちに、そんな多くのことがあったとは。 + もう遅いが、皇帝陛下に一言申したい…… + ……やはり、青春時代の「ボナパルト」は、ずっとあなたの心の奥底に生きていたのですね。 + …… + ああ、若いの、こんな老いぼれと一緒に感傷的にならなくても良いぞ。 + お互い、知人を失いはしたが、私の物語はもう今後大きな起伏はないだろう。そして君たちの物語は、まだ始まったばかりだ。 + …… + 皇帝がまだ皇帝であった頃、仕事をしている限り、あの人から「悲しい」気持ちを見つけることはできなかった。 + 彼は言った。この世で最も偉大な人間は、「積極的に行動する悲観主義者である」と。 + 彼は悲観主義者だ。人間は戦わなければ生きていけない。助けてくれる慈悲深い力など存在していない。 + だが彼は消極的ではない。怯んだりしない。自分の力が弱かろうと、目標に向かって毅然と進む。 + この世は、行動しなければ意味がない。行動でしか運命は変えられない。 + 行動を伴わない思想は、ただの思い上がりの傲慢だ。 + 「知るは易し行うは難し」。東方にはこんな言葉があります。 + その通り。皇帝はよく我らに言っていた。行動を伴わない思想、思想を伴わない行動、どちらも同じく危険だと。 + 前者は机上の空論で、文句ばかり垂らす。後者は意気地になり、火に油を注ぐ。 + そのバランスはとても難しい。皇帝も、『民法典』を編纂した時にだけ、そのバランスが取れたと言っていた。 + あの『民法典』は思考と行動力の完璧な組み合わせで、決して歴史に置き去りにはされないと。 + ……戦乙女の仕事は世界を救うことです。決して歴史に置き去りにはされません。 + ハハハ、そうだ。君たちの仕事はすべての礎だ。君たちが裏切らなければ、多くの人から讃えられるに値する。 + 皇帝は自身の利益、フランスの利益のために、ヨーロッパ中を犠牲にした。それが彼の致命的な汚点となった。 + ベートーヴェンが怒りのあまり、彼のために作った交響曲のタイトルを「ボナパルト」から「ある英雄」に変えた。 + 世界に比べたら、たかが皇帝、たかが数千万人のフランス人、少数の中の少数だ。 + でも…… + ……私たちがしたことが、必ず人類全体の利益になる、文明の進歩のためになるなんて、誰も保証できませんよね? + そこまで考えられるのは素晴らしいことだ。 + 君たちが言った事情を鑑みれば、皇帝はそれを避けるために、自分の臣民と一緒に、ある新しい命の形に融合しようとしたのだろう。 + だが代償は?その臣民たちは昔、彼の最も忠実で、過激なしもべたちだ。その結合は、偏屈な道を駆け抜けさせる結果にしかならないだろう。 + 全人類の欠片を集め、すべて融合すれば、崩壊を越える道もあるかもしれないが…… + 我らの目の前にある乱暴な例は、個人の歪んだ欲望から生まれた災いでしかない。 + ……残念ながら、皇帝陛下の本当の半身は彼と心中し、残った残滓がまだ災いをもたらそうとしている。 + …… + 主、まだ悲しんだり怒ったりする時じゃないっしょ。 + わかってます。本当の意味でこの世界を救うまでは、私たち全員、冷静さを失うわけにはいきません。 + + ビアンカ様、ベルトラン将軍、どうやら空間の狭間の入り口に近いようです。 + 了解。このまま真っすぐ突っ込みましょう。 + デュラ、「アンカー」の波動を監視して、目標の位置を常に修正してください。 + ……任せるっしょ! + + + + + 星語者の遺体が霧散し、アンカーをコントロールする中央監視室は今、静寂に包まれている。 + 旧王の遺体から新生した魔君が、蜘蛛のように世界の泡の中心に居座り、獲物の味を吟味していた。 + + ……旧世界と別れを告げる前に、我々を見つけたのだね。 + + 我々が世界を越える神になるまで、あと5分。 + + ふふ、たった数人で一体何ができるか、見てみようじゃないか。 + + + + + + おかしいですね、人っ子一人いません。 + + + ビアンカ様、あちらを見てください! + + + !? + + + + + + ビアンカ、リタ?どうしてそっち側から…… + + + それはこっちのセリフです! + + 着陸ポイントから二手に分かれてローランドを探してたじゃないですか!?何で反対側から現れるんです?この通路は環状じゃないはずですよね!? + + 龍将軍とワットに出発地点を守るよう言ったのに。 + + + …… + + あなたたちも……誰にも会わなかったのです? + + + はい、警備もいませんでした!崩壊が要塞を攻略した後、戦場まで綺麗に片付けたんでしょうか…… + + + 崩壊は戦場の片付けなんてしないのです。 + + 私たちが自分の足でこの通路が環状であることを証明したのなら、考え得る範囲で可能性は一つなのです。 + + 私たちのいる場所は、「アンカー」の正常な秩序から脱している可能性が高いのです。 + + + ……どういう意味です? + + + ビアンカさん、こう考えてみるのです。 + + この地中の要塞は、「アンカー」に最も近い場所に建てられているのです。では、「アンカー」とはなんだったか…… + + そう、アンカーとはこの大型の世界の泡を形成する核なのです。たくさんのページのような微小空間を順序よく繋ぎ合わせた「本の背」なのです。 + + ……いいえ、この場合、コンピューターの捻れたケーブルに例えたほうがいいかもしれないのです。 + + とにかく、要塞はアンカーに近すぎるせいで、無数の小さな独立空間に分解することができるのです。ひとつひとつ、単独の世界の欠片に近いというわけなのです。 + + 言い換えれば、私たちの遭遇は、それぞれ逆方向から世界を一周してきたというわけなのです。 + + + なっ……まさか、要塞がすでに分解されていて、私たちは行くべき欠片を間違えたってことですか? + + + ……いいえ。前半は合っていますが、後半は違うなのです。 + + 時雨綺羅さん、あなたの身にあるその……「ニグラス」も……もしかして、崩壊エネルギーを感知する器官を備えていませんか? + + + 器官?相変わらずわかりにくい言い回しね……ええ、「ニグラス」は周辺の崩壊エネルギーの分布状況を教えてくれるわ。 + + + ……では、私たちが調査していた結晶体を感知できますか? + + + …… + + 少し……靄がかかっている感じ。 + + 何だか……私たちの目の前に壁があって、その向こう側にあるみたい。いえ、そんなわけないわよね。 + + + いいえ、私の「嗅覚」もそう告げているのです。 + + よし、それなら簡単なのです。ビアンカさん。 + + + どうすればいいんですか? + + + その聖剣で、あそこの空間を切ってくださいなのです。 + + 私たちが探している黒幕は、この壁の向こう側にいるのです。 + + + それだけ? + + + それだけなのです。 + + + ……よし。 + + + + + + じゃあ、さっそく! + + + + + + あらあら。 + + さすがだ。この「ラニーニャ」、今か今かと待ってたよ。 + + + あ、あなたは…… + + ロ、ローランド? + + + ああ、この体の元の主のことか。 + + 星語者、騎士ローランド、彼女は我々を構成する幾千万の細胞の一つだ。 + + 特別でも、何か意味があるわけでもない。思考にも参加できない。 + + + ……ということは、あなたが寄生虫ですね! + + + ちっ、卑しい生き物め、なんて乱暴なんだ。 + + この世界の生き物すべて、細菌のような単細胞から進化してきたんだ。知っていると思うが、とある世界のダーウィンの発見だ。 + + で、その理論で例えるなら…… + + 我々、「ラニーニャ」は、「ナポレオン帝国」の全臣民と、騎士ローランドが、崩壊の素晴らしい作用により一緒に「進化」したものだ。 + + 彼女は我々の骨格になり、我々は彼女の智慧となる。君は君の骨が君の脳を嫉妬するとでも思っているの? + + + ……ふざけたことを。 + + + ふざけていると思うか、時雨綺羅さん?君が我々の攻撃から生き残れたのも、他の生物と融合したからじゃないのか? + + 我々が一般人よりずっと優れていることは、そんなに理解しがたいのかね? + + + ……気持ち悪いとしか思わないわ。 + + + ああ、そうかもね。我々の誕生が、素晴らしすぎたようだ。 + + 考えてみたまえ、どれだけ偶然を重ねた結果だと思う? + + まずは我々の皇帝、ナポレオンさん。自分の統治を永くするために、我々を彼の体の部品として組み入れた。 + + その後、彼の脅威から逃れようとした君たち共和国が、勝手に世界の泡の一部を切り落とした。我々の精神も肉体も、崩壊エネルギーの作用によって完全に混ざった。 + + さらに、皇帝と対となる存在が彼と心中した。我々は「鉢の中の脳」となり、崩壊エネルギー結晶体の中に閉じ込められた。 + + 最後に、あの不完全な星語者がたまたま我々の前に現れ、彼女の体に入り、我々は新生することができた。 + + + 何がしたいんですか!私たちのローランドに対する気持ちを利用しようとしているんですか? + + + ふふ、せっかちな小娘だ。 + + + ッ……戦場では崩壊に侵食された戦友を処理することもあります! + + 早くローランドの体から出ていってください。命だけは助けてあげます。 + + + あらあら、乱暴でせっかち、まるで強盗みたいだ。君の仲間たちの方がよっぽど自制心を持っている。 + + ……でも残念ながら、今回は君が正解だ。 + + + ……何が言いたいんです? + + + ん?今さら回りくどく言う必要なんてないと思うけど? + + 今、君が我々を脅している間に、我々と「アンカー」の同期が完了した。今後、我々が「アンカー」で、「アンカー」が我々だ。 + + 君たちは我々の話を呑気に聞いていたせいで、「ラニーニャ」を止められる最後の5分を無駄にしたのだ。 + + ……本当に残念だよ。 + + + 「アンカー」と……同期? + + + ああ、親愛なる博士よ。君が一番その言葉の重みをわかる人だろう。 + + 「アンカー」は世界をコントロールしている。誰かがそれと同期できれば、その人は世界の法則を外れ、さらに世界のあらゆる法則を利用できる。 + + 言い換えれば、我々、神の子「ラニーニャ」は…… + + 君たちが望んでやまないこの世界の……神になったのだ。 + + + そ、そんなあり得ない!有史以来、人間が操作できた「アンカー」の情報量は千分の一にも満たなかったのよ。 + + あなたみたいなのが、虚勢を張るんじゃないわ! + + + 虚勢?いいや、虚勢じゃないよ、アイドルさん。 + + 「ラニーニャ」は一人であり、一万人であり、十万人でもある。我々ができることを、君が想像できるはずもない。 + + 安心するんだ、これは良いことなのだから。 + + 皇帝のやったことは鶏を殺して卵を取るのと同じ。共和国の切り離し計画もただの付け焼刃。 + + 我々、運命に選ばれた聖なる赤子だけが、この世界を最も永く存続させられ、「明日」や「明後日」を与えてやれるのだ。 + + その証拠に…… + + そうだ、さっき死んだ人間を、君たちのためにもう一度この世界にコピーしようか? + + + なにを…… + + + + + 崩壊エネルギーが「ラニーニャ」の体から溢れ出す。 + だが真に恐ろしいのは、そのエネルギーのほとんどが散逸せず、懐かしく見知らぬ形になっていくこと。 + + + + + + …… + + + …… + + …… + + + + + ん?ちょっと手違いがあったみたいだ。 + + そうそう、忘れてた。この人たちの心があまりにも美味しくて、もう我々に消化されてしまったから、出しようがなかった。 + + まあいいや。「感動の再会」とはいかなかったが…… + + 君たちも食べさせてくれたら、同じ体の中で再会できるよ? + + + + + + イカれてます! + はっ、「デュランダル」で機先を制したつもり? + + + + + + 「ローランド」の体を前にして、魚に泳ぎ方を教えるつもりなのか? + ……剣が……折れた? + 今さら気付いたんじゃないよね?その剣の弱点は、「完全形態」そのものだってことを。 + さあ、仲間たちが手一杯の間に、君から片付けようか…… + + + + + + させません! + + うん?凍結攻撃か? + 笑止。 + + ———— + ———————— + + + + + + + ……こんな力、我々に通用するとでも!? + + + + + + いいえ、先ほどと同じなのです。これで彼女も貴重な時間が稼げたのです。 + + ビアンカさん、あなたの意志で「デュランダル」の宝石を起動するのです! + + あなたが今の主なのです、必ずその意志に応えてくれるはずなのです! + + + ……はい! + + + + + (ローランドの聖剣よ……) + (彼女の今生の名誉を守らせてくれるのなら……) + (私の体を使って敵を消滅させてくれるのなら……) + (……私の心からの呼び声に応えよ、不朽なる刃よ!) + + + + + + ありえない…… + これは……なんだ? + + + + + そういう……ことだったんですね。 + 武器として、魂鋼は戦乙女の肉体の代わりに崩壊エネルギーを吸収、コントロール、解放することができる。 + 逆に戦乙女も肉体で、魂鋼ができることを一時的に代行できる! + だから、「ラニーニャ」、世界の残滓よ…… + 私たちがここへ来る前に、聖剣が用意した浄化プログラムを—— + + + + + + ——くらえッ! + + + + + + ……ローランド! + + + 慌てないで、ビアンカ。彼女の中の崩壊エネルギーは、すべてあなたに吸収されてるわ。今はただ気を失っているだけよ。 + + それより…… + + + はい、根本的な問題を解決できていないのです。 + + + ……? + + シュレーディンガー博士、それはどういう……? + + + ……あなたたちの――聖剣も例外ではなく――崩壊エネルギーを感知する力は、私や時雨綺羅ほど敏感ではないのです。 + + 先ほどの浄化プログラムは、確かに崩壊エネルギーに混ざっていた意識を「拭い去る」ことができたのです。 + + けど問題は、その崩壊エネルギーが「アンカー」と紐付けされていた点にあるのです。いかに聖剣であろうと、そのエネルギーを「アンカー」の深部まで追いやることしかできないのです、世界の泡の外ではなく。 + + ……洗剤で汚れた水を、純水にできないのと同じこと。 + + + じゃあ、これからどうなるんですか? + + + この世界の泡は、しばらく平和になるはずなのです。でも、崩壊エネルギーが自由に「アンカー」を侵食できる限り、三年から五年の年月で完全に解体される可能性が高いのです。 + + + ……絶対に解体されてしまうんですか? + + + はい。この世界の泡は、無数の欠片に分裂し終わりを迎えるなのです。 + その過程は、「ラニーニャ」が死亡した瞬間から始まったのです。 + + つまり、今話している間にも、この世界の泡は緩やかだけど確実に崩壊し続けているのです。 + + + ……そ、そんなのだめです! + + + + そうなのです。誰もそんな運命を受け入れられるはずがないのです。 + + 幸いなことに、この状況下において一つだけ方法があるのです…… + + ……その方法があなたにもたらすメリットとデメリットは、どちらも同じくらい。あなたが選ぶ必要があるのです。 + + + 何だって構いません!この世界を救えるなら、何でもします! + + + そう慌ててはいけないのです。 + + 私が思いついた方法は、根本的な解決にはならないのです。「ラニーニャ」の企みの代替品で、この世界の「死」を大きく先延ばしするだけなのです。 + + + ……? + + + それから。 + + この方法を実行したら、私たち四人以外のすべてがこの瀕死の世界の泡に閉じ込められるのです。その人が望もうが望むまいが関わらずに。 + + この世界の泡の時空の狭間は外部から完全に閉ざされるのです。彼らと別れを告げることもできず、ここで何があったかも教えることが叶わないのです。 + + 「デュランダル」を修復する機会も失う。 + + ……けど同時に、これだけは保証するのです。この世界は確かに、貴重な時間を得ることができるのです。 + + 私か、時雨綺羅か、あなたたちのオットー主教か、「ネゲントロピー」の誰かが——その間にこの世界を助ける方法を見つけるはずなのです。 + + これが今私が考えつく唯一の方法なのです。でも決断を下す材料として、これらは決定的な要素にはならないのです。 + + 決定的な要素は、この世界の命運はあなたに託されるということなのです。 + + + まさか、私に…… + + + + そのまさかなのです。 + + あなたが「ラニーニャ」に代わって「神」の座に着き、世界の泡の存亡と自分自身を紐付けるのです。 + + ……あなたが生きている限り、この世界は存在できるのです。逆に、あなたの死によって再び崩壊が進み始めるのです。 + + あなたが「デュランダル」の宝石の容器として、本来の魂鋼より優れているのは想定外だったのです。 + + 「ラニーニャ」が残した崩壊エネルギーと「アンカー」を完全に分離することはできないですが…… + + 「デュランダル」の宝石を利用して、「アンカー」ごと世界の泡も崩壊エネルギーもすべて、あなたの体内に封じることができるのです。 + + + ……は?体内?それって、言葉通りの意味ですか? + + + 言葉通りなのです。あなたが先ほど、自分の肉体を「デュランダル」の剣の代わりにしたように。 + + 幾何学上の「反転」同様、対象を円の外から円の内部に置き換えられるように—— + + ——「デュランダル」でエネルギーを操る力を持ってして、私たちはあなたをその円とし、この世界の泡をあなたの外部から内部へと「反転」させることができるのです。 + + 「反転」が成功した後、あなたは「ゲニウス」を使って天命本部に戻れるのです。 + + その時、この世界の泡は…… + そう、哲学的な言い方をするならば…… + + ……あなた個人の「小宇宙」になるのです。 + + + …… + + + あなた個人にとって、これは精神的な負荷だけでなく、戦乙女であるあなたが、天命の一部の人間から実験対象として扱われるようになる可能性もあるのです。 + + ……だがいずれにせよ、これが私の考え得る唯一の方法なのです。 + + 私たちが時間を掛けて研究を重ねれば、もっと良い方法が見つかるかもしれない…… + + けどその時、「アンカー」の侵食が進んで破壊されてしまえば、今のように「デュランダル」の宝石で「反転」させる機会を失うことも考えられるのです。 + + 私の崩壊エネルギーに対する「嗅覚」で推定するに……「反転」するか否かを決められる時間は、およそ一週間なのです。 + + + + ……博士、もう十分です。 + + どうすればいいか教えてください。どうすれば、その「藁」に縋れるのか、この世界を救えるのか。 + + 私は、この世界の人たちが好きです。世界の未来のために命を捧げた人だっていました。 + + 何が何でも、この世界に終わりを迎えてほしくない。ここまで旅してきたんです、最後まで守り通します。 + + + ……ビアンカさん、あなたは私が今まで出会った人の中で、最も勇敢な方なのです。 + + でも、そんな簡単に今後の人生を決めてしまっていいの?世界を一つ背負うことになるのよ!? + + + ……先輩、戦乙女の人生なんて、そんなものじゃないですか。 + + 私たちは戦士です。いつ死んでもおかしくありません。そして、皆の運命を背負う人間なんです。 + + はじめからこの滅びを無視するつもりなどなく—— + + その時から、自分の人生は決まっていたんです。 + + もし躊躇う人がいるのなら…… + + 彼女はまだちゃんと、考えていなかったんだと思います。 + + ……「戦乙女」になること、世界の美しいもののために戦うこととは、どういう意味なのかを。 + + + …… + + + + + + 私の好きな人のために。 + + + + + + その人たちが好きなもっとたくさんの人のために。 + + + + + + すべての「人」が「人」と称する人のために。 + + + + + + 彼らは私に感動を与えてくれました。その代わりに、私は自分のすべてを捧げて彼らを守ります。 + + + + + 聖剣よ、もしまだ意識があるのなら、もしまだ私を主と認めてくれるのなら…… + ……今、私と共に限界を超えよ! + + + + + 全身が輝く装甲に覆われた……ビアンカ様と聖剣がさらなる融合をされたのでしょうか? + 空間が歪み始めた!彼女の背後にあるのは……ブラックホール!? + いえ、あれは「視界」と呼ぶべきものなのです。ブラックホールはそれを生成させるための方法なのです。 + どうやら、「不朽なる刃」自身も、私の言った「反転」とはどういうものか理解しているようなのです。 + 世界を反転する……もう一つの世界を体積のない「点」に収納するってこと? + 世界の泡そのものの体積は小さいのです。だから、ビアンカさんと「デュランダル」はそれができるのです。 + リタさん、「ゲニウス」を用意してくださいなのです。時雨綺羅さん、「ニグラス」をアクティブな状態にしておいてくださいなのです。 + ローランドは「アンカー」から生まれた星語者なのです。彼女は強制的に世界の泡の内部へと引っ張られるはずなのです。 + 皆……別れの時間なのです。 + はか……せ…… + ビアンカ様?無理なさらずに…… + + + + + 大丈夫…… + 少しずつ……慣れてきた…… + 私の中の世界を……感じる…… + 新しい青空を迎える人……友と抱きしめ合う人…… + ……彼ら全員を大事にします。 + + + + + + リタ、今です!「ゲニウス」を起動してください! + 「反転」がもうすぐ終わります。量子の海の虚空へ弾かれる! + + + + + はい、ビアンカ様! + + +
+ diff --git a/public/novels/duriduri/ko-KR/xmlDurandal/ch31.xml b/public/novels/duriduri/ko-KR/xmlDurandal/ch31.xml index e1295dff..4f568e41 100644 --- a/public/novels/duriduri/ko-KR/xmlDurandal/ch31.xml +++ b/public/novels/duriduri/ko-KR/xmlDurandal/ch31.xml @@ -4,7 +4,7 @@ - + @@ -15,1304 +15,1304 @@

注釈:

ヘンドリック(Hendrik Willem van Loon)の作品『人類の物語』(The Story of Mankind)より引用。原文は:

-
+

High in the North in a land called Svithjod there is a mountain.

It is a hundred miles long and a hundred miles high

and once every thousand years a little bird comes to this mountain to sharpen its beak.

When the mountain has thus been worn away a single day of eternity will have passed.

-
+

p.s. 「Svithjod」は「スウェーデン」の古い呼称、古ノルド語が語源。

英雄が去り、傷は癒えつつある。 日常が戻り、星々は日々東から昇り西へ沈んでいく。 世界の泡の中の時間が十年過ぎた。 - +
- - + + アントーニオは来ていないのか。 - - + + こちらに、殿下。 - - + + 残念だったな。 - + 冷酷無情な相手と法廷で相まみえることになるとは。憐れみも慈悲も知らない、人の心を持たない悪党と。 - - + + 殿下が何度も注意してやったと聞きます。それでも彼はやめようとしなかった。彼の魔の手から逃れる合法的な手がなければ…… - + ……誰かが言った。沈黙の中で爆発するのではなければ、沈黙の中で滅亡するしかない、と。だから私は…… - + 私は…… - + お恥ずかしながら、分不相応なことができる度胸は持ち合わせていません。だから今日はここで自分の運命を受け入れます。 - + - + ……え? - + タレスさんの今のセリフ……台本にはなかったですよね、船長? - - + + ハハハハ、いいじゃないか。 - + セリフを忘れることなんてよくあることだ。情景に沿ったセリフを言い続ければ、物語は動く。 - + そうそう、ここでは「船長」ではなく、「劇団長」と呼んでもらおう。名は体を表すと言うだろう。 - - + + ……ああ、すみません、つい癖で。 - - + + ハハ、そうかしこまらなくていい。 - + 慎ましいのは悪いことじゃないが、私は自由奔放なあんたの方が好きだ。 - - + + ……う、リタにもそう言われました。 - + でも、それも「成長」なんだと思います。色んなことを経験して、何かを失ったり、何かを得たり…… - + 見た目が大きく変わろうと、心の奥で最も大切な宝物を守ったんです。 - + ずっと昔の、本当の自分を。 - - + + ……大きくなったな、ビアンカ。 - + こちらに比べたら、時間の流れは遅いだろうが、私たちが過ごした十年よりずっと…… - + 劇団長、そろそろ出番だ! - + おっと、私の番か。ビアンカ、ちゃんとセリフを合わせてくれよ? - - + + はい。 - + - - + + 貸し主、前へ。ここにいる全員が君の心が変わることを待っている。この不幸な商人から肉を1ポンド削ぐのをやめてほしいと。 - - + + 総督殿下、こちらの意思は申し上げた通りです。 天に誓って、契約に記した通りに処罰することを望みます。 - + 殿下、ヴェニスの法律は私の要求を実現できます。 - + 何故金貨三千枚より腐るしかない肉を欲しがるかといえば…… - + ……そうしたかっただけ、とだけ答えておきましょう。 - + もし私の屋敷にネズミが出て、金貨1万枚を出して駆除してもらっても、私の自由でしょう? - + うるさい豚が嫌いな人がいれば、猫を見るなり怒る人もいる。笛の音を聴いてトイレに行きたくなる人もいるだろう。 - + ……ほら、私たちの感情は好き嫌いに支配されている。どうにもならないのですよ。 - + どうしても理由を聞きたいのであれば、 - + 好き嫌いの琴線に触れれば、理由なんて必要ないのです。誰もが醜い一面を出してしまう。 - + 私の場合、アントーニオとは因縁があったから、譲れないのです。たとえこの裁判が私に利益がないとしても。 - + これが私の答えです。 - - + + こ、この人でなし! - + なんて恐ろしいことを、生まれながらの悪人め! - - + + おまえに好かれたくてここにいるわけでもあるまい。 - - + + イカれている! - + 嫌いな人が死ななければ気がすまないのか? - - + + ハッ、殺したくないやつを憎むわけないだろう? - - + + ちょっと気に入らないだけで、そこまで憎むなんてことあるものか。 - - + + は?おまえは毒蛇に二度もかまれたいのか? - + 我が友よ、この冷酷な人間に説いても、砂浜で波に鎮まれと言うのと同じだ。 - + 狼に、羊の母親が何故子供を失って悲しく鳴いているのかを聞くのと同じだ。 - + はたまた山の上の松の木に、強い風に吹かれても揺れることなく、恐ろしい「ザザー」という音を出さないでと言うのと同じだ。 - + だから友よ、これ以上の交渉は無駄だ。 さっさと判決を下して、この野蛮人の望みを叶えてやろう。 - - + + そ、そんな簡単に諦めないで! - + そこのご老人、彼があなたから金三千を借りたなら、六千を返そう。 - - + + 今言った話がわからないのか!? - + いいか、小僧。その六千の金貨の一枚一枚が六等分できて、それぞれ三千に化けるとしても、 - + それでも、そんな金はいらない。ただ契約通り、罰を受けてもらうことだけが私の望みだ。 - - + + そ、そんな無情なことを言って、この先の裁判で情に訴えても聞いてもらえなくなるぞ? - - + + 何を暗示しているのでしょうか、殿下。悪事を働かなければ、何故罰を恐れましょう? - + あなた方貴族は奴隷を買い、畜生のように汚い、苦しい仕事をさせています。 - + そんな金は気にするな、自由にさせて、奴隷たちをあなた方の子供と結婚させろ、と言われたら? - + 同じ柔らかさのベッドに寝て、同じ食事を食べさせろと言われたら? この問いを聞いている時、あなた方の心に慈悲はありますか? - + あなた方が「奴隷は私たちの財産だ」と答えるのならば、 私が「この人間の肉1ポンドも、私が金をはたいて買ったものだ。必ず手に入れる」と言っても責められるはずがないでしょう。 - + それなのに私の要求を拒否するなら、ヴェニスの法律もただのお飾りでしょうね! - - + + 無礼な! - - + + 総督殿下、判決を下してください。私がその1ポンドの肉を手に入れるかどうかをお決めください。 - - + + ……ぺ・キホーテに使いを出した。博識な博士だ。この件の審判を任せる。 - + 今日来なければ、裁判は延期だ。 - + - + ま、まって? - + その「博士」の名前は一度出ています。勝手に変えちゃだめですよ? - - + + そうだ、ビアンカの言う通り。細かい内容は役者のアドリブに任せられるが、物語の骨格は変えてはならない。 - + 「ベラーリオー」はヒロイン「ポーシャ」の従兄だ。第三幕の「ポーシャ」のセリフに登場した。 - - + + はぁ、歳じゃろうか、頭が回らなかった。 - + その博士の名前が思い出せなくて、「ドン・キホーテ」を混ぜてしまった。 - - + + ハハ、ならこうしたらどうだ? - + バサーニオのセリフを追加して、博士の名前を補完させる。 - - + + 私が言うんですか? - - + + ああ。総督は名前のところで言葉を濁して、「使いを出した。えー……」 - + そこですかさず「ベラーリオー博士です、殿下」と。 - + そうすれば総督は「そうそう、ベラーリオー博士、博識な方だ。彼にこの件の審判を任せる」と続ける。 - - + + おお、いい案じゃ! - - + + じゃあ、続けるよ? - + - - + + コホン。使いを出した。えー、えーと…… - - + + ベラーリオー博士です、殿下。 - - + + そうそう、ベラーリオー博士、博識な方だ。彼にこの件の審判を任せる。 - + 今日来なければ、裁判は延期だ。 - - + + 総督殿下。 - - + + どうした。 - - + + パドヴァからの使者がいらしてます。ベラーリオー博士の手紙を持ってきたそうです。 - - + + ちょうどいい。手紙をこちらに。使者も呼んできてくれ。 - + もう少し嬉しそうにしたらどうだ、アントーニオ! - + 友よ、まだ諦める時でないぞ。 - + この野蛮人が私の皮、肉、骨、私のすべてを持っていっても、私のせいで君に血を流させはしない、一滴も。 - - + + はぁ……私は羊の群れの中で最も役に立たない病気の羊で、殺されるのが運命だ。 「一番柔らかい果実が一番早く地に落ちる」という。私の一生を早く終わらせてくれ。 - + バサーニオ、君が生きて、私の墓に言葉を残してくれれば、私は満足だ。 - - + + おい、やけになるなよ!ほら、使者が来たぞ。 - + 総督殿下。 - - + + 君があの博士の使者か? - - + + はい、殿下。ベラーリオー博士から言付かっています。 - + これが博士の直筆の手紙です。どうぞ。 シャリ、シャリ—— シャリ、シャリ、シャリ—— - + おい、煩いぞ!何大きな音を出してナイフを研いでるんだ? - - + + もちろん、あの破産した野郎から、私の取り分の肉を切り取るためだ。 - - + + こ、この卑怯者、鉄でできた心でナイフを研いでるんだろう! - + し、処刑人の刀でも、その冷たい心の半分の硬さもないはずだ! - + ど、どうお願いしても聞いてくれないの? - + - + ……ジミー、緊張しすぎです。 - - + + ご、ごめん……あ、悪役に訴える話だと思うと、つい…… - - + + ハハ、いいじゃないか? - + 臆病なのに、素朴な正義感を貫きたい「グラシアーノ」も面白いだろう? - - + + あ……すみません…… - + そういう人間を見ると、つい焦れったくなって…… - - + + ハハハハ、みんなぶっつけ本番なんだ、自分をキャラに反映させたほうが、上手くいく。 - + では、リハーサルの続きといこうか。 - + 明日の本番は、全世界に中継されるぞ? - + - - + + ……ダメだ。おまえが、おまえらが、いくら情に訴えても、無駄だ。 - - + + じ、地獄に堕ちろ! - - + + ハハ、そんな言葉でこの契約書の判を消せるとでも?吠えていても感情の無駄だ。やめておけ。 - + 老婆心で忠告してやる。冷静になれ。ここで醜態を晒したり、収拾がつかないことをしでかしたりするでないぞ。 - + ……総督殿下、私は法律により公正な判決を求めます。 - - + + ……手紙には、博士は裁判には出られないが、若いが有望な人をこの任に推薦するそうだ。 - + 使者よ、その若者は同行したのか? - - + + はい、外で控えています。入室の許可を頂けますでしょうか。 - - + + もちろんだ。さあ、早くその者を迎え入れよ。 - + - - + + 若者、君が博士のところから来た者か。 - - + + はい、殿下。 - - + + 歓迎するぞ。掛けたまえ。 - + 今日ここで審理される件、双方の立場はわかっているか? - - + + ええ、あらかた把握しています。 - + どちらが破産した商人で、どちらが貸し主ですか? - - + + アントーニオ、シャイロック、前へ。 - + あなたがシャイロックですか? - - + + そうだ。 - - + + この裁判はおかしなものだが、ヴェニスの法律によれば、あなたの主張は成立します。 - + アントーニオ、あなたの生死は彼の手にかかっている、そうですね? - - + + ……そう言っている。 - - + + それで、あなたはこの契約を認めますか? - - + + ……認める。 - - + + 相手が認めているのなら、貸し主は慈悲の心を持つべきかと思います。 - - + + 何で皆私に「慈悲」を強要するのだ?君はどんな理由で私を説得する? - - + + 私は学者です。説教っぽく聞こえるかもしれませんが、 - + 慈悲は美徳です。無理をして手に入れられるものではなく、甘露のように全人類に降りかかります。 - + 慈悲は与えられる側に幸せをもたらすだけでなく、与える側にも異なる幸福をもたらす。それはどんな権利や富よりも尊く、我々の魂を救うものです。 - + この話をしたのは、あなたが原告として少し譲歩してほしいからです。元の要求を貫く場合、法律は商人を有罪にするしかないでしょう。 - - + + 譲歩しない。契約の通り、罰を与えてほしい。 - - + + では、商人は借金を返すことができないのでしょうか? - - + + いいえ、私がこの場で代わりに返す。倍の額でも構わない。 - + 貸し主の気が済まなければ、私の首と心を担保に、十倍返すことを契約してもいい。 それでも気が変わらないというのならば、私の友を殺そうとしているとしか言えないだろう。 - + 博士、なんとか融通をきいてはくれないだろうか。 - + 小さな齟齬を引き換えに、大きなものを取ってください。この残忍な悪魔の意のままに、法律を盾に人殺しをさせないでください。 - - + + それは不可能です。ヴェニスにおいて、法廷で一時的に法律を変える権力は誰も持っていません。前例を作れば、法律は効力をなくします。 - + 絶対に不可能です。 - - + + なんて清く正しい裁判官なのだろう!この青年の智慧は世にまれに見るものだ!彼の言葉にすべて賛同するよ! - - + + 貸し主さん、契約書を見せて頂けますか。 - - + + ここに。どうぞ見てください、博士。 - - + + 貸し主さん、もう少し考えてみませんか?三倍以上の大金で返済すると言っているのですよ。 - - + + いや、いや、私はこの約束を守らない人間に罰を与えると天に誓ったのだ。誓いを破る汚名を背負わせろと言うのか? - + いや、いや、いや!ヴェニスを与えられても、譲るわけにはいかない。 - - + + わかりました。では契約の通り処罰しましょう。 - + 法律により、貸し主は商人の胸から1ポンドの肉を取ることが許されています。 - + ただ……シャイロックさん、最後にもう一度聞きます。慈悲の心で、三倍のお金を取り、この契約書を破棄させてはもらえないでしょうか。 - - + + そこに書かれた通りの罰を受けたら、ご自由にどうぞ。 - + あなたは良い裁判官だ。法律をわかっている! - + あなたの言葉は理にかなっている、さすが法律界の新星…… だからお願いだ、今すぐ判決を。 - + 和解なんていらない、罰を実行したいだけだ。 - + ……この絶望した心も、判決で苦しみを終わらせてほしい。 - - + + ……わかりました。 - + では被告人アントーニオは、原告シャイロックによってナイフで胸を刺されなければなりません。 - - + + ハハハハ、あなたは最も偉大な裁判官、最も優秀な青年だ! - - + + この判決を下したのは、契約書に基づく処罰が、ヴェニスの法律に抵触しないからです。 - - + + その通り!聡明な裁判官よ、あなたは若いのに、テキパキことを運んでくれる! - - + + ……アントーニオ、胸を出してください。 - - + + はい。「胸」の、「心臓付近」だと、はっきり書いてあるからね! - - + + ……はい。そういえば、肉を計る天秤は持ってきましたか? - - + + 肌身離さず持っている。 - - + + では、ご自分で外科医を雇って、失血で命を失わせないようにすることをおすすめしますよ。 - - + + 彼との契約にそんな内容は書かれていないだろう? - - + + ええ。でもいいじゃないですか。 - - + + 悪いけど、外科医なんていないし、そうする義務もない。 - - + + ……では、商人アントーニオ、何か言いたいことは? - - + + 何も。……準備はできています。 - + バサーニオ、手を。お別れだ。 - + この結末は君のせいじゃない。誰だって、友を思っているなら、そうするだろう。 - + バサーニオ、奥さんによろしく。アントーニオの最期を、アントーニオは友を思っていると、アントーニオが死を受け入れる姿を、伝えてください。 - + 私の物語を語った後、聞いてみてください。バサーニオには思ってくれていた友人がいたのか、その友人は本当に死を受け入れたのか。 - + 楽にしてくれ、バサーニオ。友人を一人失ったからって、苦しむことはないのだ。あいつがナイフを深く刺してくれれば、一瞬ですべての借金を返せるのだ。 - - + + ああ、アントーニオ!私は自分の命を愛するように妻を愛してる。けれど、私の命より、妻より、世界よりも、君の命より大切なものなんてない! - + 君を救えるなら、私のすべてを悪魔に捧げてもいい! - - + + ……コホン。ご夫人がその言葉を聞いても、感謝するとは限らないでしょう。 - - + + いや、リタ…… - + - + ……あ。 - + ……すみません、セリフ間違えました。 - - + + くす。 - + ハハハハハハ! - + ……大丈夫大丈夫、セリフを間違えやすいところや笑ってしまうところは、後で練習すればいい。 - + このくだりは物語のアクセントだ、自由にアドリブを入れてくれて構わない。 - + ……じゃあ、続けるよ? - - + + ……はい。 - + - - + + ご夫人がその言葉を聞いても、感謝するとは限らないでしょう。 - - + + いえ、博士、これは比喩表現で、別に本当に家族を…… - + あ、ああ、私にも妻がいる。わ、私は誓って彼女を愛している。 - + で、でもこの時、へ、変な考えを思い浮かべるのも無理はない。例えば、彼女がもし天国に住んでいるなら、神にあの人の恐ろしい執念を消してくれるようお願いできるんじゃないかって。 - - + + ……本人がいないところでの戯言でよかった。でなければ、数日は騒音によって近所迷惑になっていたでしょう。 - - + + うっ…… - + ほら、これがおまえらの言う「文明人」の「良い夫」だ! - + 私には娘がいてな。海賊の子孫に嫁いでも、こんなやつには嫁がせないぞ。 - + さあ、これ以上は時間の無駄です。早く判決を。 - - + + はい。 - + 商人アントーニオの肉1ポンドはシャイロックのものだと判決します。 - - + + 正しい裁判官が公平な判決を下した! - - + + 原告、被告の和解案を一切受け入れなかったため、法律に則り、彼の胸から1ポンドの肉を取らなければなりません。 - - + + さすが博識な裁判官!さあ、皆さん! - - + + 待った。 - - + + ……他になにか、裁判官様? - - + + もちろんあります。 - + 原告、契約には彼の血を取ることを許していません。「肉1ポンド」としか書かれていません。肉は取って良いのですが…… 肉を切り取る際、被告が一滴でも血を流せば、あなたの土地と財産は、ヴェニスの法律に則り、全て没収されます。 - + ……え? - + み、見たか!?こ、この忌々しい吸血鬼め、これが正真正銘、公平公正な裁判官だ!は、博識な裁判官だ! - - + + ……法律がそんなことを!? - - + + ご自分で調べても構いませんよ。 - + 公平を求めるのであれば、公平を与えます。求められた以上のものを。 - + 「博識な裁判官!」 - + 「正しい裁判官が公平な判決を下した!」 - - + + ……じゃあいいです。返済を受け入れます。契約の三倍でいいです。 - - + + ここにお金が。 - - + + 待ってください、被告の友人。 - + 判決は下されました。原告が和解案を一切受け入れなかったため、被告の胸から肉を取らなければなりません。 - + 代替案は認められません。 - - + + あ、あなた以上に公平な人なんていません、裁判官様! - - + + さあ、シャイロックさん、肉を切り取ってください。 - + 血を流すことも、切り取った肉が1ポンドより多くても少なくても認められません。 守れなければ、あなたの命を、財産を、没収させて頂きます。 - - + + 「なんて清く正しい裁判官なのだろう!この青年の智慧は世にまれに見るものだ!彼の言葉にすべて賛同するよ!」 - - + + 原告、どうぞ。 - - + + ……貸した金を返してくれれば、なかったことにしてやる。 - - + + 問題ない、金はここにある。 - - + + 被告の友人? - + 言いましたよね、一切の代替案は認められません。 - - + + 貸した金を返してもらうこともできないのか? - - + + できません。あなたには命の危険を犯して肉を切り取るほか道はありません。法律でそう決められています。 - + 法律が被告を有罪としました。この事実を無にすることはできません。 - - + + ちっ、金もいらない!この裁判はやめだ! - - + + 待ちなさい、原告。それならまだ法律上の問題があります。 - + ヴェニスの法律では、異邦人が直接もしくは間接的に国民に危害を加えようとするものは、 - + その財産の半分が被害者のものに、もう半分は国に没収されます。 犯罪者の命は総督預かりとなります。 - + 原告、今すぐ土下座して総督殿下に命乞いをすれば、まだ間に合うかもしれませんよ。 - + シャイロックよ、「文明人」の精神を見せてやろう。まだ何も聞いていないが、あなたに死罪を言い渡す気はない。 - + 財産の半分はアントーニオに、もう半分は国が没収する。誠心誠意反省するのであれば、国の半分はいくらか融通も効かせよう。 - - + + いや! - + 私の命も財産も全部奪えばいいだろう!「許し」なんていらない! - + 一瞬にして私のすべてが奪われたら、この先どうやって生きればいいんだ!? - - + + アントーニオ、彼に慈悲を与えますか? - - + + 殿下と裁判官さえ良ければ、彼の半分の財産は没収しないでください。同時に、 私が受け取る半分は、私から彼の娘と、その娘と駆け落ちした男性に渡そう。 - + 条件はただひとつ。死後、彼の財産はすべて娘と婿のものとするように、この場で文書を作ってもらいます。 - - + + よろしい。本人が承諾するなら、その通りにしよう。 - + シャイロックさん、これで満足か?何か言うことは? - - + + 私は…… - + ……好きにしろ。 - - + + では書記、文書の作成をお願いします。 - - + + き、今日のところは帰らせてもらうよ。気分が優れないんだ。 - + 文書ができたら家まで送ってくれ、サインをするから。 - - + + いいだろう。反故する度胸もないだろう。 - + アントーニオ、裁判はこれにて閉廷とするが、こちらの博士にはちゃんとお礼をするのだよ。すべては彼のおかげなのだから。 - - + + はい、殿下。 - + - + ふぅ……やっと一息つける。 - - + + 気を抜いたところ悪いけど、今の幕、まだ終わってないよ? - - + + ……あ、この後バサーニオが結婚指輪を博士に渡すんでしたっけ。 - - + + はい、デュランダル—— - + ——あ、いえ、ビアンカ様。 - - + + いいです、気にしないでください。 - + 船……いや、劇団長のもう一つの脚本に有名なセリフがあるでしょう? - + 「名前ってなに?手でもない足でもない、顔でもない、人間の体の中のどの部分でもない」 - + 「名前に意味などない。バラと呼んでいる花を別の名前にしてみても、美しい香りはそのまま」 - - + + ハハハ。そういえば、「聖剣」を作り直したって?君が名前を奪ったって抗議しなかったかい? - - + + ……別に。 - - + + 「聖剣」の言葉を借りれば…… - - + + ちょっと…… - - + + 「ずっと使っていくべきっしょ!元に戻したところで他の人が慣れるかわからないし、ワタシが元祖を名乗れるのは悪くないことっしょ?」 - - + + ハハハハ!あれもこちらに来れたら、もっとにぎやかだっただろう。 - - + + ……確かに。 - + 船長、きっといつか、この世界の泡の「反転ライン」を「虚数の樹」に接続させて、安定性問題を根本的に解決してみせます。 - + その時、「聖剣」が重荷を下ろせる日が来たら、また一緒に来ますから。 - - + + ハハハ、じゃあ約束な? - - + + 約束です! - + 約束いたします。 - + さあ皆、あと五分の一、世界中を驚かせるために、もうひと頑張りするぞ! - + - - + + ああ、親愛なる博士、私も友も、今日はあなたの智慧のおかげで命拾いしました。 - + この金貨三千枚は私たちのほんの気持ちです。ぜひ受け取ってください。 - + シャイロックに返済するためのお金ですが、謝礼とさせてください。 - - + + お二方、いけません。私が助けたのは、法律がいいように使われたくないだけです。これで十分満足しましたので、これ以上の謝礼は頂けません。 - + またどこかでお会いしましょう。では、私はこれで。 - - + + 待って! - + あなたからの恩は忘れません。私たちから何かもらってください。記念としてでもいいですから。 - + 無理を言ってすみません。これだけは断らないでほしいのです。私たちを安心させるためにも。 - - + + ……そこまで言われたら断れませんね。 - + アントーニオさん、その手袋を記念にください。 - + バサーニオさん、お言葉に甘えて、その指輪をください。 - - + + え、でも…… - - + + 手を引っ込めないでください。あなたから「何でも」もらっていいのではなかったのですか? - - + + でも、この指輪は……その…… - + ただの金にならない装飾品で、あなたに渡せるほどのものでは…… - - + + いいではありませんか。そこまで言われたら逆にほしくなりました。 - + 他に何もいりません、その指輪がいいです。 - - + + ……はぁ。この指輪自体に価値はないが、ある理由で他人にあげるわけにはいかないのです。 - + 博士、この金にならない指輪を見逃してくれるなら、ヴェニス一高い指輪を買って、お宅までお送りします。 - - + + ……まさか、あなたが口先だけの人だったなんて。 物をくれると言ってすぐ、手の平を返すように断るのですね。 - - + + そ、その…… - + お願いです。これは妻からもらったものなんです。私は誓ったのだ、誰にも渡さないと。 - - + + ……贈り物を渋る時によく使う常套句ですね。 - + ご夫人に理性があれば、私はその指輪を貰い受けるに値する人間だとわかるはずです。 それを頂いても、家庭が崩壊することなんてありませんよ。 - + では、さようなら。お元気で! - + あ、待ってください…… - - + + はぁ、バサーニオお坊ちゃん、指輪を渡してやれよ…… - + 彼の言うように、彼の功績を考えれば、奥さんとの小さな約束なんて大したことないだろう。 - - + + …… - + グラシアーノ、早く追って、指輪を博士に渡してくれ。彼らさえよければ、アントーニオ宅に招待しよう。 - - + + わかった。今すぐ追う。 - + さあ、アントーニオ。今から家に帰って、パーッと祝わなければ。明日一緒にベルモンテの別荘に戻ろう。 - + - - + + ネリッサ、シャイロック家がどこにあるのか聞いてきてくれる?そして、この新しい契約書にサインをもらってきてちょうだい。 - + 今夜出発しましょう。そうすれば夫たちより一日早く家に着くわ。ロレンゾたちがこの契約書を手にしたら、きっと喜ぶはずよ。 - - + + は、博士! - - + + ん? - - + + や、やっと追いついた。 - + バ、バサーニオさんがさ、再三考慮した結果、わ、私にこの指輪を届けるようにと。ぜ、ぜひアントーニオ宅でご馳走させてほしいとのことです。 - - + + 食事はいいです。指輪は頂いていきます。ありがとうとお伝えください。 - + それと、お手数ですがこちらの書記に道案内を。シャイロックの家まで。 - - + + わ、わかりました! - + 博士、ちょっといいですか。 - + (うちの旦那の指輪も取れないか試してみたい。彼もずっとつけているって誓ったから) - - + + (ふふ、いいわ。家に帰ったら、男に指輪を送ったことを必死に弁明するでしょうね、楽しみ) (でも私たちはこの勝負を勝ち取るだけでなく、誓いを大事にしてもらわないといけない) - + 大丈夫、早く行って。いつものところで待っているから。 - - + + では、道案内をお願いします。 - - + + ど、どうぞこちらへ、書記さん。 - + - + ハハハハ、本物の恋人にこの芝居をさせるのはやっぱり面白い! - - + + はぁ……私はジミーに同情します。どう見ても緊張しすぎてますし。 - - + + ほう?なら、自分は? - - + + 私?私がどうかしました……? - + ……っ!ど、どういう意味ですか、このゴシップ大好き劇団長! - - + + 何かありましたか、ビアンカ様? - - + + ……な、何でもありません。 - - + + ハハハハ、まあまあ、冗談はここまでにしよう。 - + 衣装替えのある人は急いで、一気に最後の一幕を終わらせよう! - - + + はい、劇団長! - + - - + + なんて美しい星空!そよ風が音も立てずに枝をなでている、そんな夜に…… - - + + ……しー、足音が聞こえる。 - - + + 誰だ、こんな静かな夜に走っているのは? - - + + 友人です! - - + + 友人?ロレンゾも私もあなたと面識はないはずですが。 - - + + 私の名前はスタンファーノ、報せを持ってきました。奥様が夜明け前に戻ってきて、とても良い報せを持ってきますよ。 - - + + どんな報せ? - - + + それはわかりません。「良い報せが来る」としか聞いていません。 - + どけどけ、報せだ。 - - + + ……え?おじいさん、家でお父様の面倒を見ずに、なぜこんなところへ伝言を届けに? - - + + ああ、ジェシカ。今回は旦那様の敵のために報せを持ってきた。明日ここへ来て、良い報せを持ってくるとのことだ。 - - + + 良い報せってなに? - - + + それはわからない。 - - + + ……何だよ、どいつもこいつも秘密ばっかり。 - + 早く部屋の中に入ろう。奥様が戻ってくるのなら、準備をしなければ。 - + - - + + あら、家に明かりが……音楽も流れてるわね? - - + + まさか……夫たちが先に帰っているの? - - + + 慌てないで、ネリッサ。あの人たちはアントーニオと仲が良いわ。昨夜は城でご馳走を食べていたはずよ。 - - + + ……私の聞き間違いでなければ、ドアの外の声は奥様ですね。 - - + + ふふ。私の声がきれいじゃないから、すぐわかったんでしょう。 - - + + 御冗談を。おかえりなさいませ。 - - + + 昨日は夫の無事を祈るため出かけたけれど、夫たちは帰ってきたのかしら? - - + + いいえ、まだです。先ほど使いの者が奥様の使いのすぐ後に来て、どちらも旦那様が良い報せを持ってくると…… - + ……でも、どういう内容かは教えてくれませんでした。 - - + + ……そう、じゃあもうすぐ帰ってくる頃ね。 - + ネリッサ、私たちは昨日出かけていなかったことにするわ、使用人全員に通達して口裏を合わせるように。ロレンゾも、ジェシカと一緒にこの秘密を守ってちょうだい。 - + 良い報せは、タイミングが来たら教えるわ。 - - + + 奥様、ご安心ください。ここの人間は口の堅い人ばかりです。 - + ああ、遠くからバサーニオのラッパの音が聞こえるわ。 - + - - + + あなた、おかえりなさい。 - - + + ただいま。おかげさまで万事無事だ。 - + 紹介しよう。こちらがアントーニオ、私を色々助けてくれている。 - + こんばんは、夫人。 - - + + バサーニオ、彼はあなたのことを色々と助けたようね。あなたのために、命まで張ったそうじゃない。 - - + + 大したことはない、すべて解決した。 - + ……ま、まって、聞いて、ネリッサ! - + う、嘘はついていない、本当に裁判官の書記に渡したんだ。 - + ほ、本当に何もないんだ!た、ただの博士の連れだよ! - + あら、何を揉めているの? - - + + あの……その…… - - + + ふん。指輪を贈った時、なんて誓ったか覚えてる? - + 「死ぬまで身につけて、死んでも墓に持っていく」って言った。 - + 私のためだけでなく、あなたの誓いのためにも、もう少し大事に保管すべきものだったんじゃない? - + それで?男の子に騙し取られたんだ、男の子に! - - + + お、女の子の方がダメでしょ? - - + + 何よ?そんな意味のない言い訳をするんだ? - - + + あ、その…… - + 天に誓って、博士も書記も恩人で、どうしてもあの指輪が欲しいと言われて、断れなかったんだ。 - - + + ……お言葉だけど。 - + ネリッサはあなたの奥さんよね。奥さんからもらった最初のプレゼントを簡単に人に渡したの? - + 妻の前で、男の「面子」なんてどうでもいいの! - + 指輪を永遠に身につけると誓ったなら、それはあなたの体の一部、指と同等のもの。 - + 私もバサーニオに指輪を贈った時、絶対に手放さないと言っていたわ。 - + どこかの国の王が全財産をはたいても、私のバサーニオは絶対に手放さない。 - + グラシアーノ、早く奥さんに謝るべきね。 - - + + (……家に帰るまでに左手を切り落としておくべきだった。そうすれば、抵抗した挙句、強盗に手ごと指輪を持って行かれたと言えたのに) - + で、でも……バ、バサーニオさんも、指輪を博士に渡したよ? - + 裁判で勝たせてもらえたのに、謝礼を一切受け取らず、要求してきたのは私たちの手にある…… - - + + ……待って? - + あなた、どの指輪をあげたの?私が贈った「あれ」じゃないわよね? - - + + ……嘘をついて君が喜ぶなら嘘をついていただろう。でも今の私は、君を喜ばせるものを持っていない。 - - + + は?こんな時に誠実になっても意味がないでしょ。私のことなんてこれっぽっちも思っていなかったの。 - + 指輪をつけるまで、同じベッドでは寝かせないから。 - - + + …… - + かわいいポーシャ、誰に指輪をあげたのかわかってもらえたら…… - - + + 誰にあげたかの問題じゃない。 - + バサーニオ、あなたがこの指輪の本当の価値をわかっているのなら、誰にも渡すはずがなかったわ。 - + それに、この世に金を取らずに、人の指輪を欲しがる人間なんているの? - + それがどんな意味を持つかわからないバカなの? 女でしょ、指輪をとったのは! - - + + 違う! - + 私の名誉と魂に誓って、本当に法廷で助けてくれた博士に指輪をあげたんだ。 - + 私からの金貨三千枚を断って、どうしても指輪が欲しいと言われた。断ったら、気を悪くし去ってしまったんだ。 - + 私の最高の友人の命を救ってくれたんだよ?蔑ろにすることなんてできない。 - + 仕方なかったんだ。追いかけるように指示して、指輪を渡した。でなければ、私はとんだ恩知らずの人間だろう。 - + 許してくれ。同じ場にいたら、きっと指輪をあげるように君も言っていただろう。 - - + + ……なら、その博士とやらと私を会わせないことね。 - + あなたが永遠に手放さないと誓ったものを、私の大事な宝物を彼は持っていった。 - + 私もあなたと同じように、その人に何でもあげるでしょう。 - + 私の体も、この家のベッドも、拒んだりしない。 - - + + 落ち着いてくれ。全部私が悪かった。 - - + + いえ、これは私たちの問題。あなたは私たちの良き友人よ、歓迎するわ。 - - + + ポーシャ、私が悪かった。この友人たちの前で誓うよ。君の美しい双眸にある私の…… - - + + 何を言っているの?私の左目にいるあなたと、右目にいるあなた、この二人のあなたにでも誓うつもり? - - + + いいや、ポーシャ、聞いてくれ。私が過ちを犯した、許してくれ。魂に誓って、二度と誓いを破らない。 - + 私はこの男の幸せのために、自分の体を担保に、金貨三千枚を借りてきた。今、もうひとつ契約しよう。 - + 私の魂と命で保証するよ、あなたの夫は二度とあなたを裏切ったりしないと。 - - + + 保証とか契約はいいわ。 - + その代わりに、証人になって。これを夫に渡し、これまで以上に大事にしてくれるようにと。 - - + + バサーニオ、ほら、新しい指輪を大事にすると誓って! - + ……なんてことだ!これは私がもらった指輪じゃないか!? - - + + 「博士」から取り返してきたのよ。 - + バサーニオ、許して。この指輪のために、その「博士」と寝たわ。 - + グラシアーノ、許して。私も指輪のために、あの未成年の書記と寝たの。 - - + + な、なんだって? - + そ、そんな…… - - + + ふふ、ちょっとショックが大き過ぎたかしら。これ以上遊ばない方がいいわね。 - + ここにパドヴァからの手紙があるから、ゆっくり読むといいわ。この手紙で、博士がポーシャで、書記がネリッサだったってことがわかるはずよ。 - + ロレンゾも証明できる。あなたたちが発った後、私たちもすぐパドヴァへ向かった。今も家に着いたばかりで、自分の部屋にもまだ戻っていないの。 - + そうそう、アントーニオ、もう一つ良い報せがあるわ。 - + この手紙には、予定の日にちに戻ってこなかったあなたの商船三隻が、積み荷を満載した状態でもうすぐ港に着くと書いてあるわ。私から渡されるとは思いもしなかったでしょうけど。 - - + + ……もう驚きすぎて、なんと言えば良いのかわからないよ。 - + つ、つまり……君があの博士で、私たちはそれを全く見破れなかったということか? - - + + ふふ。男に変装する機会なんてめったにないでしょ。いい経験だったわ。 - - + + …… - + じゃあ、すべての問題を忘れようか! 博士、今夜は一緒に寝よう! - + 私がいない時も、妻のベッドを使っていいぞ。 - + ……つまり、そういうこと。 - - + + おやおや、甘い言葉を覚えたバサーニオ、もしあなたが裁判官になったら、きっとあの博士より饒舌でしょう。 - + そうだ、ロレンゾ…… - - + + 何でしょう、奥様? - - + + あなたへの良い報せよ。ここにあなたの高利貸しをしていたお義父さんが署名した文書がある。今すぐ財産の半分をあなたとジェシカに渡し—— ——彼の死後、遺産もすべてあなたたちのものになるわ。 - - + + 信じられない!奥様、あなたはまるで幸せを伝える天使です! - - + + そろそろ夜が明けるけど、事の詳細を聞きたいことでしょう。 - + とりあえず部屋へ行きましょう。疑問に思った点は、またゆっくり聞くといいわ。 - - + + 朝まであと2時間しかない。各々一休みして、午後になったらこれまでの冒険を祝おう。 - + ……は、博士さん、いいよね? - + - + ふう……最後の芝居が一番疲れるなんて。 - - + + あら?そうですか? - + ビアンカ様なら楽しんでいるのではないかと思っておりましたが。 - - + + そ、そんなこと…… - + わ、私がこの芝居で何を楽しむって言うんですか? - - + + ……ふふっ、本当にそうですか? - + 「博士、今夜は一緒に寝よう」 「私がいない時も、妻のベッドを使っていいぞ」 - + …… も、もうっ! - +